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第1部

食事の次は会話

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「どうしたんだね、急に黙りこんで」

「常務の策略にまんまと引っ掛かった自分に、情けなく思っているだけです」

「そんなつもりは無いよ、最初に言ったろう、今日は君をもてなすのが目的だと」

「もてなされる理由がわからなくて、疑心暗鬼なんですよ」

「ああなるほど。では次のステージに移ろうか、食事と会話の内の会話をしよう」

護邸はコーヒーをひと口飲むと、千秋に向かって静かに伝える。

「まずはおめでとう、テストは合格だ」

「テスト?  」

「今回のコンペだが、私が仕向けた話なんだよ」

千秋の目に警戒心が宿る。それを見て、

「安心したまえ、私は彼女らの仲間ではない。むしろ味方だよ」

「意味がわかりませんが」

「半年くらい前にね、懐かしい方から連絡があったんだよ」

「はあ」

「若い頃、アメリカ研修に行ってね、その時の研修パートナーだった方だ。今は雲の上の存在となったので、疎遠になっていたから驚いたよ」

アメリカという言葉で、千秋はまた警戒する。

「こう言われた、[頼みがある、女性を1人面倒見てほしい]と。その方とは、御歳70になるエクセリオン・アメリカ本社の現社長、アレキサンダー・ジョースター氏であり」

護邸はひとつ間をおいて、言葉を続ける。

「佐野千秋、君の恋人ステディだね」



しばらく緊張した沈黙が流れたが、千秋はコーヒーをひと口すすると、

「どこでそんな間違った話を聞かれたんですか、ジョースター氏と私では、祖父と孫ですよ。そんなことはありえる訳がないじゃないですか」

「本人から聞いたんだがね」

「本当にジョースター氏だったのですか、いたずらかも知れませんよ」

「なるほど、大した警戒心だね。では本人から聞いた話をさせてもらおう。訂正があるなら言ってくれ」

護邸は座り直すと、深呼吸してから言葉を続けた。

「君は大学院を出たあと、バックパッカーとして世界をまわっているね、日本から韓国、中国そして東南アジアへと。そして東南アジアのとある国で、とあるバックパッカーのグループと一緒になった。

男女混合で、国籍も人種も関係無く、いいグループだったらしいね。国境までの間、行動をともにした。その中で君はアメリカ人の青年と特に親しい仲となった。

やがて国境まで来ると、アメリカ人青年は本国に帰国し、君はふたたび独り旅をはじめる。東南アジアから中近東、アフリカ、南欧州、北欧州から大西洋を渡ってアメリカに着き、そして運命の再会を果たす」
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