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変動的不等辺三角形はじまる メグミ編

その3

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 学園祭の出来事を楽しそうに、そして嬉しそうに話す恵二郎を自宅で食事をしながら聞く。それは僕にとっても嬉しいことだった。

 その後しばらくして恵二郎からバイトをすると言ってきた。

「どこでだよ」

「飲食店。先輩の紹介で。サークルのOBの人が働いているんだって」

「大丈夫か? お前けっこう人見知りだろ」

「ううん、だからこそそれを治したいの」

「うーん、まあいいか。無理そうだったら辞めるんだぞ」

「うん」

 このときもっと詳しく訊けばよかったのだろう、今となっては後悔している。



 ──そんなことを思い出しながらマンションまで帰ってきた。部屋の前まで来るとチャイムを鳴らす。
 自宅なんだから鳴らさなくてもいいと思うけど、うちはびっくり箱のような同居人がいる。チャイムを鳴らすことによって理性を取り戻し我に返るという儀式をやらないと大変なことになる。

「おかえりなさーい」

 ドアを開けてもらい、中に入るといつものハグをする。

「なにかやってたの、ちょっと時間かかったけど」

「ごめんなさい、ちょっと電話してたの。それより見てほしい物があるんだけど」

 離れてから手を引っ張りリビングに連れて行かれると、そこにはテーブルの上に額が置かれていた。

「なにこれ」

「へへー、来年まで飾っておこうと思って買ってきました」

 額の中には昨夜の騒動の元、婚姻届が入れられていた。今朝方仲直りのしるしに僕も記名して、日付を来年の十二月二十四日で記入してある。

「どこに飾るんだい、リビングだとお客さんに見られるのが照れくさいんだけど」

「いいじゃない、恥ずかしいの」

「恥ずかしくはないけど照れくさい、部下がもし来たら威厳とはいかなくても示しがつかなくなるかも知れないしさ」

 結局は寝室に飾ることで落ち着いた。やれやれだ。

「食事は?」

「シチューの残りを食べたわ、圭一郎さんはまだ入るの」

「そうだな、僕もシチューをもらおうか」

 寒空の中を帰ってきたから温かい食べ物はありがたかった。そして食べながら残業になった理由を話し、明日は得意先まわりをしてくるのを言うと、

「うん、それじゃ明日用のジャケットとスラックス用意しておくね。その間にお風呂に入っちゃってよ」

と、美恵の作業部屋兼二人の衣装部屋に引っ込んでいった。
 服飾メーカーに勤めておきながら服装にはあまり関心が無かったので、美恵のコーディネートには随分助けられている。

 ご馳走さまをすると、お言葉に甘えて風呂に浸かる。ふわあぁとため息をしたあと、ふたたび恵二郎のことを思い出していた──。
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