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変動的不等辺三角形はじまる メグミ編

その9

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 思わず身体が硬直すると、掴んでいた手を助けに蓮池さんが立ち上がる。

「大掃除の途中なんですよ、手伝いに来ますか」

「え? なんでそんな流れに……」

「考え過ぎなんですよ。年末進行で疲れたところでプライベートでも人間関係でさらに疲れたんです。だから無心になって身体を使って一度リセットしたほうがいいんですよ」

「だからって独身女性の家に行くなんて……」

戸惑う僕をしばらく見たあと悪戯っぽく笑う。

「な~んてね、冗談ですよ。大掃除中の散らかっている部屋にあげる気なんてありませんよ~」

 ──散らかってなければあげてくれるんだろうか。

「さ、わたしの役目は終わりました。班長は自分の本心と向き合ったんです、この先は美恵の役目です」

「え」

「今すぐ帰って、美恵に正直に全部話してください」

「しかし」

問題起こさないと言って出てきたから合わせる顔がない。

「大丈夫ですよ、美恵は受け止めてくれますから。私の知ってる班長は、仕事に行き詰まっても決して諦めず、考えて行動して結果を出す人です。だから……だから班長になったんですよ」

言い聞かせるように言われて、僕は彼女に甘え過ぎていたことに気がついた。
 仕事仲間に、休日に、わざわざ名古屋まで来てもらって、愚痴を言っている。
 これ以上甘えるわけにはいかない。

「わかったよ、家に帰る」

「じゃあここでお別れですね」

「蓮池さんは、このあとどうするの」

「東急ハンズで買い物していきます。大掃除用の道具が欲しかったんで。だからここに来たのはついでですよ」

それだけ言うとペコリと挨拶をして離れていった。なんだ名古屋に来る用があったのか。
 見送ったあと、深呼吸して気合を入れると駅へと向かった。



 マンションに戻りチャイムを鳴らす。いつもどおり笑顔で迎えてくれる美恵を無言で抱きしめた。

「……うまくいかなかったの?」

「ごめん……」

 靴も脱がずに抱きしめたまま、なにがあったか、蓮池さんを呼び出して愚痴を言ったことを除いて全部を話した。恵二郎に兄弟の縁を切ると言われたことと、自分が男女のスタイルにこだわっていることを。その間美恵はずっと黙って聞いててくれた。
 ひと通り話すと「とにかくあがって」と言われて抱きしめたまま靴を脱ぎダイニングまで移動してようやく離すと椅子に座る。

「あのね、昨夜のことなんだけど圭一郎さんにまだ話してないことがあるの」

「なんだい」

「北今くん達を送っている間にめぐみちゃんに訊かれたの、圭一郎さんと結婚する気あるのかって」
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