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第一章 白邸領と城下町

さくら姫、赦す

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 クラは話し終り、ため息をついた。

「姫様、こういう次第でございます。それゆえ刀をもう打ちたくないのです」

 さくら姫も黙って聞いていたが、クラの前につかつかと近づくと、

「たわけ者」

と、ひと言言った。

クラもヘイスケも、あまりの言葉にきょとんとする。

「姫様、今なんと」

クラが聞き返す。

「たわけ者と言ったのじゃ、たわけ者」

 クラは真っ赤になって立ちあがった。その様相は、仁王像か不動明王かと見間違えんばかりの、憤怒の姿であった。

 さくら姫も負けじとクラに対峙する。さながら少女剣士対赤鬼という絵面であった。

「姫様といえども、赦せぬ事がありますぞ、某のどこがたわけ者なのです」

「たわけ者じゃからたわけ者と言ったのじゃ、
よいか、大いくさで人を殺めたのはクラひとりではない、そんなことで罰が当たるのなら、もっと殺めている父弾正や爺はもっと当たっておるわ」

クラは、ぐっと唸る。

「大水で身内を失ったのは、人を殺めた者たちばかりか、違うであろう。刀鍛冶ばかりでもない。そんなことでうじうじしているから、たわけ者と言ったのじゃ」

 さくら姫の言葉に、クラは言い返そうとする。

「しかし……」

「クラ、お主には何も罪はない、もし罪があるのなら、大いくさをはじめた武士達にある、つまりわらわ達じゃ」

 あまりの道理にクラは返す言葉がない。

「もう一度言うぞ、クラ、いや鍛冶屋蔵人。お主には何も罪はない。大いくさは武士のせいじゃ、大水は自然の理、偶々じゃ。身内が亡くなったのは同情するが、それをいつまでも気に病むでない」

「儂は……儂は……、儂自身を赦せぬのです」

「わらわが赦す。お主は罪など背負ってない、それは武士の罪じゃ。そして わらわは その武士達の頭領である瀬鳴家の者じゃ。だからその罪とやらは、わらわが背負う」

 クラは さくら姫を見た。勢いだけの軽い気持ちではなく同情でも茶化すでもない、真剣な目である。
 クラは心を揺さぶられた、なんだろう、この目を見ていたらその言葉を信じてしまいそうになると。

「いいのですか……」

「よい」

「お父とお母が亡くなったのは、儂のせいでは無いと思っていいのですか……」

「おお、瀬鳴さくらの名において赦す。鍛冶屋蔵人に罪は一切ない」

 その言葉を聞いたとたん、クラの目から溢れだすように涙がこぼれだした。
 長きに渡り、おのれを責めつづてけていた重き心の枷が崩れていく、それを、声を押し殺し、泣き顔を見られないように、手で顔を隠しながら、肩を震わせ、男泣きに、ただ、ただ、泣いたのであった。

 その姿を見て、涙もろい平助も背を向け顔を隠しながら涙をこぼしていた。

──おっさん、わかるよ。会わずにいたのをずっと気にしていたんだろ、だから親が亡くなったのを自分のせいにしてたんだろ──

※ ※ ※ ※ ※

 平助は泣いているのを気づかれないよう外に出ようとして戸口まで行くと、ふと足を止めた。
 馬の足音が聞こえる、それもいくつかのだ。涙を拭くと、それをさくら姫に伝える。

「姫様、馬が来ます。それも二、三頭」

 いくつかの例外はあるが、普通、馬は武士しか乗れない。という事は武士が二、三 人来るということだ。

 平助の言葉に、クラも涙を拭くと顔をあげる。

「心当たりがある、儂が出よう。二人は奥に隠れていてくれ」

 クラの言葉に従い、二人は奥の部屋に隠れることにする。
 はたして馬は小屋の前に止まったようで、いななきと蹄の音が聞こえる。

「クラという者の住みかはここか」

 少々癇に障るなにか威張ったようなもの言いの声がし、それにこたえるためクラは戸を開け、顔をだす。

「へえ、私はが鍛冶屋のクラです」

 さくら姫達はそっと様子をうかがうと、それぞれ馬に乗った侍姿の男が二人がいた。

「ありゃあ寺社奉行の奴等ですね」

 物陰から見た平助が、さくら姫にささやく。

 白邸領では奉行所勤めの奉行、同心そして与力は黒の羽織を着ることがきめられている。
 奉行所ごとに羽織紐の色が違うので、紐を見れば、どこの奉行所の者かわかるのだ。寺社奉行は緑系統である。

 身分が上のようなひとりが馬を降りると、もうひとりも慌てて馬から降りる。

「鍛冶屋のクラ、これを書いたのはお主か」

  先程から威張ったもの言いの方が、袂から紙を出して見せた。


なかむらのけつかいきれてる


「へえ、儂が書きました」

「貴様、なぜ結界の事を知っている」

 「けっかいといいますと」

「とぼけるか」

「太田、待たぬか。それでは何も聞けんだろうが。落ち着け」

どうやら威張っている方が、太田というらしい。もうひとりの方が上役のようだ。

「すまぬな、クラとやら。某は寺社奉行の眞金と申すものだ。少し話しを聞かせてもらえないか」

「へえ、なんなりと」

「お主は結界が切れていると報せてくれたが、なぜ結界を知っているのだ」

「結界が何かは知りませぬが、壱ノ宮領にいたとき、似たような物を見たことがあります。それが切れていると大変なことになると昔、神社の人にいわれました」

「なるほど。それで寺社奉行に届けたのか」

「この辺りの神社には神主がいないので、寺社奉行がよいと思いましたので」

「結界の中には入ったのか 」

「いえいえ、神社の人に、罰が当たるので入るなと言われてましたので、怖くて入れません」

 眞金はクラをじっと見る。クラはとぼけた顔をしてきょとんとする。

「ふむ、よかろう。今日の事は忘れてくれ。あれが切れているのが上に知られると困るのでな」

と、眞金はにやりと笑いながら拝んだ手つきをする。
 クラは、わかりもうしたと こくんと頷き、頭を下げた。

「よし太田、結界を張り直しに行くぞ」

「はっ」

「待て、その方らに訊きたいことがある」

眞金らが帰りかけたとき、奥からさくら姫が声をかけた。
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