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第一章 白邸領と城下町

典翁の噺 一

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「昔々の話でございます、天の世から神がこの世を創り神々がこの世に降り立ち……」

「まてまて典翁、お主いどこから話し始めるつもりじゃ」

 思わずさくら姫が話を止める。

「は、最初からというので、この世ができるところからと」

「最後の大いくさになるまでどのくらいかかる」

「明日の朝にはなんとか」

「長いわ」

 さくら姫の言葉に直公が感心する。

「さら様、合いの手の間合い上手いですねぇ」

「合いの手ではないわ」

 さくら姫、典翁、直公の絶妙な間合いの会話に、思わず一同が吹き出し笑い転げる。

「まったくもう、もう少し端折れぬか」

「しかし、最後の大いくさになるには、魔人皇佐武狼まじんおうさぶろうの台頭を話せねばなりませぬし
魔神人佐武狼の話をするには百年戦乱ひゃくねんのあらそいの話をせねばなりませぬし
百年戦乱の話をするには武士の世の始まりと乱れを話せねばなりませぬし
武士の世の話をするには貴族の世の始まりと乱れを話せねばなりませぬし
貴族の世の話をするには神人と神亜人と人の話をせねばなりませぬし
それにはこの世のはじまりをはなさぬと……」

「だ・か・ら、な・が・い と言うておるのだっ」

 頭にきそうになっているなと林太は感じたので、間に入った。

「典翁、百年戦乱を魔人皇が終わらせたあたりからはじめてくれ。それならいいだろう」

「わかりました。それでは魔神人佐武狼が如何にして生まれ、また、今の世になったのか、お話しさせていただきます」

 あらためて典翁が咳払いをすると、横の直公が少し後ろに下がりちょこんと座り道具の入った袋から拍子木を取り出して、チョーンと鳴らした。

※ ※ ※ ※ ※

 ──時は永禄、日ノ本は百年にわたる戦乱のため乱れに乱れ、常に武士が争い、民草は心安らかに暮らせぬ日々をおくっておりました。

 日ノ本の頂点におわす神皇しんのうを頂点とする神朝廷の力は人々をまとめることが出来なくなるほど弱くなり、武士の頭領でありまつりごとを神皇の代わりにつかさどり幕府を開いていた大将軍も、日ノ本に散らばる武士たちをまとめる力もなく、力のある各地の武士達が我が天下と、己の思うがまま領地を支配する世の中。

 そしてここ尾張の国もそうであり、幕府から国司として正しく領地を任された、雁来かりき家は、国司代行として任せた郡司である、御角野おづの家に実権を握られて名ばかりのものになっていました。

 さらに御角野家の本家ではなく、分家のそのまた分家に佐武郎さぶろうという者がいました。それが後の魔人皇佐武狼まじんおうさぶろうでございまする。

 しかしこの当時、佐武郎はまだ"尾張一のたわけ者"と呼ばれるほどのうすのろでありました。
 図体こそは人より大きく立派ではありましたがおつむの方はまったくのびず、言葉を覚えるのはとおになってから、何を教えても三度に二度は間違える、乳母も守り役も頭を抱えるしまつ。
 それゆえ分家とはいえ、御角野家の跡取りであるのにもかかわらず、御付きの者達に軽んじられ、いじめられたりからかわれたりしていたのであります。

 そして運命か変わる日がやってきました、守り役の子らに連れられ佐武郎は、隣国のとある洞穴までやってきます。

「佐武郎さま、御父上の言いつけで佐武郎さまの度胸を試してこいと言われましたゆえ、こちらに連れてきました。この洞穴におひとりで入って奥まで行き、戻ってくるのを見届けてこいとのことです」

 もちろんこれは嘘でした。守り役らが佐武郎のたわけぶりを家の者に愚痴っていたので、子らも侮ってしまい、ただからかうためにただ連れてきただけでございました。

 たわけ者の佐武郎もはじめは怖がり嫌がったのでございますが結局はしぶしぶと入っていったのでございます。
 そして半刻のときが過ぎたころ、未だ出てこない佐武郎に子らは焦り始めました。洞穴の中で腰が抜けているのか、それとも足がすくんでいるのか、それとも迷っているのか、それともほんとうに魔物に喰われてしまったのか、どちらにしろ子らは中に見に行かなければならない。

 どうしたものやらと洞穴の前でうろうろしていると、ようやく佐武郎が出てきた。

「佐武郎さま、ご無事でしたか」

 言葉は心配しているようでしたが、佐武郎のことより自分達の悪戯で大事にならなかったことにほっとする子らを、じろりと見る佐武郎。
 その顔は洞穴に入る前とはまるで違い、凛々しい顔つきになり眼光は鋭く、口もしっかりと閉じ、人が変わったように厳しいものであったのです。

 佐武郎は子らを尻目に帰りだし、父の御角野常勝の居城へと向かう。そして家臣との評定中のさなかにやってくるとかまわずに父に問うた。父上は某に度胸試しをするよう命じたかと。

 常勝はそんなことは言っていないというと、今度は守り役である家臣に問う、子らに度胸試しを命じたかと。
 常と違うなと感じながらも普段が普段ゆえへらへらといや存じませぬととぼける。その態度に佐武郎は父から刀を取りそれを抜いたかと思うと、守り役達を一刀のものに切り捨てたのでございます。 
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