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序章
『帰ったら、結婚しよう』
勇者として国を旅立つ前日、ルッツはアリーチェにそう言った。
真っ直ぐで曲がったことを決して出来ない不器用な彼は、指輪まで用意していた。
それは、まだ勇者として無名の彼が、僅かな所持金を振り絞って買ったもの。
子供騙しの花の指輪よりはましな程度の安物の指輪だったが、それでもアリーチェは嬉しかった。
けれど、その彼は今、アリーチェの目の前で王女との婚約を発表している。
勇者の帰還で盛り上がりに盛り上がっていた舞踏会が中盤にさしかかった頃。
国王が、仰々しい口ぶりで発表したそれに、人々は盛大な拍手で応えていた。
皆の注目を浴びる彼は、国一の美女と有名なオルティラ王女に寄り添われながら、降り注ぐ祝いの言葉を受け取っていた。
──本当に忘れちゃったんだね
それを隅から眺めていたアリーチェは、遠すぎる彼に問いかけた。
数ヶ月前、魔王討伐がなされる前に彼がアリーチェの記憶を失ったという知らせを受けていた。
知ってはいたが、それでも彼に自分が残っていないか確かめたくて、仲間の下女に頼み込んで彼が参加する舞踏会の手伝いに参加させてもらった。
一目見れば彼は自分を思い出してくれるかもしれない。
そんな淡い期待は無惨にも砕け、彼は王女に耳打ちされて、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
あんなに無闇に愛想を振り撒くような人ではなかった。
彼の笑みはもっと限定的で、人には分かりづらくて、アリーチェの知らぬ場で表情を崩すような人ではなかった。
けれど、あの懐かしい優しい笑みは自分に投げかけられることはない。
彼はあの王女と結婚してしまう。
やっとアリーチェの十二年の恋の終わった。
短いと思っていたのに、長かった。
けれど、忘れぬ恋をした。
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