魔法の解けた姫様

しーしび

文字の大きさ
3 / 12
本編

2

しおりを挟む

 ただ冒険者をやっていた時は違う、本当の戦い。
 魔物ではなく、人間相手に戦うということ。
 反乱軍も国も一歩も引くことはない。
 ただ争いが起これば、報復の為に再び争いを起こす。
 血を血でぬぐいあい、より多くの血を求め消費的に続く戦いに、ステファニアは悔しさが募るばかりだった。

 ここでは、ステファニアが城で教師達に習ったことは何一つ役に立たなかった。
 理論的な落とし所は、募り過ぎた両者の憎しみのせいで意味をなくしていた。
 応急処置として知っていた治癒魔法も、気休めに過ぎない。
 ただステファニアも生きる為には誰かの命を奪う必要もあった。

 綺麗事では救えない世界。

 けれど、どうしても諦めきれない思いもあり、ステファニアは人々を励ますことだけは止めなかった。
 戦闘が始まれば、諦めてその場に立ち尽くそうとする人々に逃げろと叫んだ。
 怪我をした子どもを背負って生きろと言って逃げ続けた。

──戦わなくてもいい

──逃げてくれ

──どうか、生きる事を諦めないでくれ

 希望などないかもしれない。
 それでも目の前で消える命を見るのはステファニアにとって一番の苦痛だった。
 終わりのない戦いでステファニアはただそう叫び続けていた。

 そして、その国で傭兵として戦い始めて1年が経とうとしていた。
 ステファニアはいつの間にか16歳になっていた。

 その日は突然にやってきた。

 誰の依頼だったのか、勇者が街に足を踏み入れた。





「ですから──」
「今日だけだ」

 ダラダラと説教を続ける乳母の言葉を遮りステファニアは言った。
 リンを撫でる手を止める事なく、気持ちよさそうに身を任せるリンを見つめながら、ステファニアはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「これで最後にする。だから、許してくれ」

 はっきりと言い切ったステファニアは、その双眸をゆっくりと上げ、乳母を見据える。
 有無を言わせないその眼は、支配者の血を濃く受け継いでいた。

 夜には明日の為に招かれた客の相手をしなければならない。
 ステファニアが結婚する前に許された時間は今だけ。

「昼食までにはお帰りを。それ以上はジャコモ様を騙すわけには・・・」

 仕方なしと言わんばかりに乳母は渋った声を出す。
 乳母とてステファニアにとって酷なことを言っている自覚はある。
 けれども、彼女は早くに亡くなった王妃の代わりに、ステファニアを誰にも文句を言わせない姫として送り出し、完璧な女王となる姿を見届けるという使命があった。
 もちろんそんな乳母の心内をステファニアはよく知っていた。

 だから、彼女や国民が求めるままにステファニアは、今、ここにいる。

「すぐに戻る。ジャコモには式の為の手入れで忙しいとでも言ってくれ。流石のあいつでも結婚前に押し入って来ることはないだろう」

 ステファニアはまた緩くなった腰紐を縛り直す。
 どうやら昔のように、この服を着こなせない事にステファニアは気づく。
 当たり前のように履いていた男物のスラックスは、ここ数ヶ月コルセットを常に着ていたステファニアの腰には紐を巻いてもずれる程大きくなってしまった。
 前なら簡単に隠せた胸の膨らみも重ねた服の上からでも分かるようになってしまった。

──たった少しの間なのにな

 コルセットをつけ始めてたった数ヶ月。
 戦争が終わりたった半年。
 彼らと別れてたった1年。

 ほんの僅かな期間で全てが変わった。

 ステファニアは、次に自分が手放すものはなんだろうとかと思い浮かべた。





 勇者の存在は噂に聞いた程度だった。
 ちょうどステファニアがこの内乱の続く国にたどり着く少し前、年々暴走する魔物にを恐れ、魔王討伐の為に、帝国と教皇が異世界から勇者を召喚したという話が出回った。
 噂ではステファニアとそう歳の変わらない少年で、この世界の者ではあり得ないような膨大な魔力を持っており、その潜在能力は底知れないのだとか。
 その勇者が、大陸で選りすぐりの実力者を引き連れて魔王討伐の旅に出かけた。帝国から離れた田舎町でも彼らの話でもちきりになった。
 その後ステファニアは傭兵となったので詳しい話は知らないが、ちらほらと勇者の活躍は耳にする機会があった。

 その勇者一行が突然現れ、その力で戦の場を制圧した。
 誰も手出しすることのできない圧倒的な力に、ステファニアは呆然と立ち尽くすばかりだった。

 そこからはあっという間だった。
 勇者一行のバックには帝国と教皇がいる事もあってか、内戦の締結のあれこれや手続きなど全てがステファニアの1年を嘲笑うように淡々と滞りなく進められた。
 内紛の元となった国側の有力者はこぞって捕まり、その家族達もそれぞれ国外へ追放。反乱軍側も決して無罪とは言えない立場の者もいたが、帝国の支配下で復興の責務を負うことでなんとか罪を免れる形となった。

 瞬く間に国民は生きる意思を取り戻した。
 いくらステファニアが叫んだところで反応しなかった彼らの瞳に光が灯った。

──もし、あの力があれば・・・

 彼らの持っている何一つステファニアは持ち合わせていなかった。

 どこか頼りげのない幼い印象の目立つ勇者、帝国の有力貴族出身のエリート騎士に、歴代最高の浄化の力を持つとされる聖女、希少種であるエルフの弓使い。

 ただの武力的な力だけはない。
 帝国や教皇の政治的な力や、彼らの戦略的手腕に、それぞれの個性も何もかもステファニアにはない。

──もし、お父様に助けを求めていたら・・・

 ステファニアの中にそんな考えが過ぎる。
 父は裏で蜘蛛の巣のように張り巡らしたその力を活用してもっと早くにこの争いを食い止めることができたのかもしれない。

──私にできることは本当にあれだけだったのか?

 足りないものが多すぎる。
 自分には言葉をかけることしかできなかった。

 ステファニアの中で生まれた無力感。
 それはすぐに力を求める活力になった。

「私を連れて行ってくれ! 」

 相変わらず無謀なお転婆娘は旅立とうとする勇者一行の前に立ちはだかった。

 きっといきなり現れた出自不明の傭兵の少年など彼らが相手にするわけがなかった。
 それこそ各地で英雄扱いされる彼らにとって、なんの特技も力もないステファニアを必要とすることなど皆無なのだから。

 けれど、頼りげのないお人好しな異世界の勇者はあっさりとステファニアを受け入れた。

「賑やかなのは大歓迎だよ」

 無害そうな笑顔を向けて笑う彼はやっぱり頼るにしては弱々しかったが、それでもステファニアには救いのように思えた。

 それからは必死に彼らについて回った。
 力不足を感じることもあったが、勇者の仲間達に頭を下げて指導を頼み込み様々な事を学んだ。
 異世界から来た勇者はステファニアよりも世間知らずで、ステファニアが教えることもあるぐらいだった。
 
 様々な事を経験し、学んだ。
 あまりにも沢山あり過ぎて、ここでは一つ一つを語る事はできない。
 けれど、どれもステファニアにとっては大切な思い出で、決して忘れることのできないものだった。

 あの内戦以外、悔しいことも悲しみも沢山あった。
 生きる希望を諦め助けられなかった命も沢山あった。
 その度に彼らと苦しみ、嘆き、そして進んだ。
 傷は癒えないが、それでもステファニア達は進み続けた。

 皆で共有した経験は、どんなに不格好でも目指さなければならない理想の世界がある事を知った。


「お前、死にたいのか?! 」


 だから許せなかった。
 まるで死に場所を探すかのように戦う“彼”の姿に耐えられなかった。
 なぜその手で数多の命を助けながら、生きる意思のない“彼”を理解する事などできなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

あなたを愛すことは無いと言われたのに愛し合う日が来るなんて

恵美須 一二三
恋愛
ヴェルデ王国の第一王女カルロッタは、ディエゴ・アントーニア公爵へ嫁ぐことを王命で命じられた。弟が男爵令嬢に夢中になり、アントーニア公爵家のリヴィアンナとの婚約を勝手に破棄してしまったせいだ。国の利益になるならと政略結婚に納得していたカルロッタだったが、ディエゴが彼の母親に酷い物言いをするのを目撃し、正義感から「躾直す」と宣言してしまった。その結果、カルロッタは結婚初夜に「私があなたを愛すことは無いでしょう」と言われてしまう……。 正義感の強いカルロッタと、両親に愛されずに育ったディエゴ。二人が過去を乗り越えて相思相愛の夫婦になるまでの物語。 『執事がヤンデレになっても私は一向に構いません』のスピンオフです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする

志熊みゅう
恋愛
 伯爵令嬢ルチアには、最悪な婚約者がいる。親同士の都合で決められたその相手は、幼なじみのファウスト。子どもの頃は仲良しだったのに、今では顔を合わせれば喧嘩ばかり。しかも初顔合わせで「学園では話しかけるな」と言い放たれる始末。  貴族令嬢として意地とプライドを守るため、ルチアは“婚約者”をレンタルすることに。白羽の矢を立てたのは、真面目で優秀なはとこのバルド。すると喧嘩ばっかりだったファウストの様子がおかしい!?  すれ違いから始まる逆転ラブコメ。

婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?

みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。 婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。 なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。 (つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?) ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる? ※他サイトにも掲載しています。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

処理中です...