4 / 12
本編
3
しおりを挟むステファニアは外套を羽織り、飴色の髪をフードで隠して外に出た。
城下は、魔王討伐後の初めての式典にかつてない盛り上がりを見せていた。
普段はお目にかかることのない異国の商人が持ってくる品物に人々は夢中。
賑わう街は幼いステファニアの理想そのものだった。
どこもかしこも生きる希望に満ち溢れている。
世界中に多くの傷を作ってできた今がある。
ステファニアはその光景に目を細めた。
──間違っていないんだよな
そして自分に言い聞かせる。
その時、貴族の付き添いなのか、軽装の護衛とすれ違った。
しっかりとした肩幅に、ちょっとではびくともしないような力強い足腰。
周りを見れば、彼だけではない制服を着た騎士や、近衛兵などがちらほらと姿を見せていた。
ステファニアは己の格好を見下ろし、男装とも呼べないような自分に思わずため息をついた。
そして細くなった己の左手首を見つめる。
──きっと、剣を振るう事などないだろうな。魔力だって必要のない生活だ
結婚式の後に行う戴冠式など名ばかりで、女王であっても実質の権力を握るのは夫であるジャコモとその生家。
彼の家はこの国では王家よりも古い名家で、祖先には英雄として語り継がれている者もいる。国民だけでなく貴族の信頼も厚い。
そんな彼との婚約は、国内の情勢の安定の為にと、幼い頃から父が決めていた事だった。
まさかその婚約を素直に受け入れる日が来るなど、勇者一行の一員だった頃のステファニアには想像もしてなかった。
*
“彼”とステファニアの相性は最初、とてつもなく最悪だった。
“彼”だけはステファニアが加わることに否定的で、最後まで猛反対していた。
「子どもが憧れる冒険物語ではない」
鋭い目で“彼”はステファニアが安易な考えで加わろうとしていると苦言を呈した。
覚悟がないとその目が言外に語っていた。
男勝りなステファニアはそんな事で引き下がるわけもなく、かといって相手をうまく丸め込もうとする思慮深さもなく、勢いのまま“彼”に食いついた。
「だったら教えてくれよ。私にできることはなんだ」
「子ども君に何ができる。内乱さえなければ君も普通の子どもだ。無理に力を求める必要もないだろ」
その時ステファニアは16、“彼”は19でそこまで歳は離れていなかったが、“彼”はステファニアを傭兵の少年として扱った。
「違う、私はっ──」
「遊びではない。これは戦いだ。君も理解できるはずだ」
“彼”は崩壊したままの建物に目を向ける。
瓦礫の残るその光景は、まだ争いの痛々しさを残していた。
「だからだ」
ステファニアは拳を握りしめて、目に涙を溜めて“彼”を見つめた。
「知っているから諦めきれない。諦めたくないんだ。だから、お願いだ」
頭を下げるなんて初めての事だった。
城ではステファニアが「頼む」といえば全てが叶った。
1人で飛び出した後も、持ち前の運の良さで頭を下げずにここまで来れた。
まだ自分の理想とする世界を諦めたくない。
父のやり方を否定してやるという反発心もあったが、それでも捨てきれない希望があった。
「・・・君のために立ち止まるのは御免だからな」
数日のステファニアのしつこい説得の末、“彼”はため息まじりに言った。
実際、すでに街を出発していた勇者一行に無理やりひっついていたので、“彼”の承諾などあってもなくても同じようなものだったが、ステファニアはケジメとして必要だと思っていた。
そんなステファニアに根負けした“彼”は、やっぱりステファニアの事をよく思っていなかったのか、極力ステファニアに関わろうとはしないくせに、やけに小言の多いやつだった。
「君は今までどうやって生きてきたんだ? 」
“彼”が訝しんだ目でステファニアを見た。
ステファニアの手元には口にするにははばかられる黒い物体があった。
何かしら役に立ちたいと料理をかってでたものの、食材を焼くだけがこれほど難しい事だとはステファニアは予想していなかった。
リンと旅をしていた時は、足の速いリンの力を借りて街から街への移動で、野宿の経験など皆無。冒険者として依頼をこなしていた時も、街で買った保存食でなんとかなっていたため、調理などステファニアには未知のものだった。
けれどそんな言い訳を“彼”にいうわけにもいかず、羞恥心をぐっと堪えて“彼”のため息を一心に受けるのみ。
「君、本当に冒険者だったのか? 」
「知らない? これは生活魔法だぞ? 」
「もういい、俺がやる」
「君が前衛に出るな。足手纏いだ」
ステファニアのこの2年はなんだったのかと思うほど、ステファニアは役立たずだった。
それを勇者や聖女は慰めてくれるが、“彼”はそれさえも煩わしいというかのような視線を寄越す。
寡黙なエルフでさえ本気で落ち込むステファニアの肩を叩くぐらいはしてくれるというのに。
けれど“彼”は決してステファニアの頼みを断ることはしなかった。
あんなにステファニアを邪魔者のように扱うくせに、ステファニアが教えてくれと言えば「なぜこんな事も知らない」と文句を言いつつ丁寧に一から十まで教えてくれた。
ステファニアが失敗しても「同じ失敗はするなよ」と釘を刺しながら再び最初から説明を始める。
“彼”はこの一団の保護者のようだった。
名家の出で教養があり、騎士団で訓練を受け、17という若さで小隊を任される程のエリートの“彼”。
新たな国に辿り着けば、手続きや宿の手配、国内の有力者との打ち合わせなど彼が全て整えてしまい、気づけば次の旅の準備まで終わらせている。
野営も手慣れており、ステファニアが合流するまで大体の事を彼が一手に引き受けていた。
それもそのはず。
異世界から来てこの世界のなんの知識も持たない勇者に、神殿で外界と隔離されて育った聖女、他の種族と交わらず森で暮らし精霊のような存在のエルフ。
彼らに生活力やら常識やらを求める方がおかしい。
帝国と教皇側から彼らの旅のサポートを一任されている“彼”は、仲間に任せることを早々に諦め1人で全てをこなしていた。
一応彼らの名誉の為に言うが、彼らとて“彼”に任せてばかりだったわけではない。
彼らなりに負担にならぬよう努力はしていたし、少しずつだが成長はしていた。
神殿で人々の私利私欲を見てきた聖女は、勇者一行の力を我が物にしようとする貴族や国の者達をのらりくらりとかわす話術や思慮深さがあっても、世話をして貰う事に慣れている彼女では配慮に欠ける面がある。加えて、不器用なわけではないが、ガサツなステファニアと違って優雅すぎるゆったりとしたその所作は何かを頼むには躊躇われるものがあった。
無口なエルフは、獲物の狩りは得意だったが、全ての感覚が大雑把。魔物特有の臭みでさえ、肉旨みの一部だと毒でなければかぶりつくような性格で、何を任すにしても彼との思考の違いを事細かに確かめる必要があった。
勇者に至っては論外で、何事も受け入れてしまうおおらかな性格で人々に好かれるたちだったが、ステファニアとはまた違った好奇心で各地で面倒ごとに巻き込まれるやつだった。だから、“彼”は自分の任務は魔王の元に勇者を届ける事だと、勇者には何もさせない事を優先させていた。
今思えばこそ、後で加わったステファニアは彼にとって余計なお荷物だっただろう。
他の者は戦闘能力があったからまだしも、何も持たないステファニアは完全な邪魔者だった。
リンにしがみついてやっと彼らの後をついていけるような存在。
けれども、それでも渋々ステファニアを受け入れた“彼”は決してステファニアを追い出そうとはしなかった。
ただの従魔だと紹介していたリンを訝しむように見てはいたが、ステファニアに関しても特に言及してくることはなかった。
ステファニアも一向に馴れ合おうとはしない“彼”に反感を抱いていた。
いくら無謀な彼女とて、最初は嫌われている相手に不用意に近づくことはなかったが、勇者達と過ごして“彼“からしか学べない事もあると思い教えを乞うことにした。
そして、ステファニアは、少しずつ“彼”と関わるうちに、“彼”の戦い方に疑問を抱くようになる。
“彼”は騎士で剣士でもあるので、前衛として戦うのは問題ない。
経験値も他のものよりあるため、状況把握もずば抜けていた。
ただ、前衛として他のメンバーを守ろうとはするくせに、決して自分の防御は行わなかった。
戦闘する上で問題となりそうな攻撃は避けるが、受けても大したことがないと判断すれば一切抵抗せずに相手の攻撃を受ける。
しかも相手の隙を作れるのならと、あえて負傷する事も多い。
囮が必要な場合も、その役をかってのはいつも“彼”。
戦いが終われば、いつだって“彼”が一番ひどい怪我をしていた。
その内にステファニアは“彼”が前衛に出るもの、何かあっても自分を犠牲にすればいいと思っているかのように感じ始めた。
──まるで、生きる意思のないような・・・
そう思い始めたら、ステファニアの中に次々と“彼”の行動に疑問が湧くのも当然で、それはすぐに苛立ちへと変わっていった。
そしてステファニアは頭よりも先に体が動くタイプだった。
自分がどうなろうと気にしない彼の危うさに耐えきれなくなったステファニアはいつの間にか彼を守ろうと飛び出していた。
15
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。
しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。
突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。
『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。
表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。
地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする
志熊みゅう
恋愛
伯爵令嬢ルチアには、最悪な婚約者がいる。親同士の都合で決められたその相手は、幼なじみのファウスト。子どもの頃は仲良しだったのに、今では顔を合わせれば喧嘩ばかり。しかも初顔合わせで「学園では話しかけるな」と言い放たれる始末。
貴族令嬢として意地とプライドを守るため、ルチアは“婚約者”をレンタルすることに。白羽の矢を立てたのは、真面目で優秀なはとこのバルド。すると喧嘩ばっかりだったファウストの様子がおかしい!?
すれ違いから始まる逆転ラブコメ。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
私は彼を愛しておりますので
月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる