魔法の解けた姫様

しーしび

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本編

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 ステファニアは外套を羽織り、飴色の髪をフードで隠して外に出た。
 城下は、魔王討伐後の初めての式典にかつてない盛り上がりを見せていた。
 普段はお目にかかることのない異国の商人が持ってくる品物に人々は夢中。
 賑わう街は幼いステファニアの理想そのものだった。

 どこもかしこも生きる希望に満ち溢れている。
 世界中に多くの傷を作ってできた今がある。

 ステファニアはその光景に目を細めた。

──間違っていないんだよな

 そして自分に言い聞かせる。

 その時、貴族の付き添いなのか、軽装の護衛とすれ違った。
 しっかりとした肩幅に、ちょっとではびくともしないような力強い足腰。
 周りを見れば、彼だけではない制服を着た騎士や、近衛兵などがちらほらと姿を見せていた。
 ステファニアは己の格好を見下ろし、男装とも呼べないような自分に思わずため息をついた。
 そして細くなった己の左手首を見つめる。

──きっと、剣を振るう事などないだろうな。魔力だって必要のない生活だ

 結婚式の後に行う戴冠式など名ばかりで、女王であっても実質の権力を握るのは夫であるジャコモとその生家。
 彼の家はこの国では王家よりも古い名家で、祖先には英雄として語り継がれている者もいる。国民だけでなく貴族の信頼も厚い。
 そんな彼との婚約は、国内の情勢の安定の為にと、幼い頃から父が決めていた事だった。

 まさかその婚約を素直に受け入れる日が来るなど、勇者一行の一員だった頃のステファニアには想像もしてなかった。





 “彼”とステファニアの相性は最初、とてつもなく最悪だった。
 “彼”だけはステファニアが加わることに否定的で、最後まで猛反対していた。

「子どもが憧れる冒険物語ではない」

 鋭い目で“彼”はステファニアが安易な考えで加わろうとしていると苦言を呈した。
 覚悟がないとその目が言外に語っていた。
 男勝りなステファニアはそんな事で引き下がるわけもなく、かといって相手をうまく丸め込もうとする思慮深さもなく、勢いのまま“彼”に食いついた。

「だったら教えてくれよ。私にできることはなんだ」
「子ども君に何ができる。内乱さえなければ君も普通の子どもだ。無理に力を求める必要もないだろ」

 その時ステファニアは16、“彼”は19でそこまで歳は離れていなかったが、“彼”はステファニアを傭兵の少年として扱った。

「違う、私はっ──」
「遊びではない。これは戦いだ。君も理解できるはずだ」

 “彼”は崩壊したままの建物に目を向ける。
 瓦礫の残るその光景は、まだ争いの痛々しさを残していた。

「だからだ」

 ステファニアは拳を握りしめて、目に涙を溜めて“彼”を見つめた。

「知っているから諦めきれない。諦めたくないんだ。だから、お願いだ」

 頭を下げるなんて初めての事だった。
 城ではステファニアが「頼む」といえば全てが叶った。
 1人で飛び出した後も、持ち前の運の良さで頭を下げずにここまで来れた。

 まだ自分の理想とする世界を諦めたくない。
 父のやり方を否定してやるという反発心もあったが、それでも捨てきれない希望があった。

「・・・君のために立ち止まるのは御免だからな」

 数日のステファニアのしつこい説得の末、“彼”はため息まじりに言った。
 実際、すでに街を出発していた勇者一行に無理やりひっついていたので、“彼”の承諾などあってもなくても同じようなものだったが、ステファニアはケジメとして必要だと思っていた。
 そんなステファニアに根負けした“彼”は、やっぱりステファニアの事をよく思っていなかったのか、極力ステファニアに関わろうとはしないくせに、やけに小言の多いやつだった。

「君は今までどうやって生きてきたんだ? 」

 “彼”が訝しんだ目でステファニアを見た。
 ステファニアの手元には口にするにははばかられる黒い物体があった。
 何かしら役に立ちたいと料理をかってでたものの、食材を焼くだけがこれほど難しい事だとはステファニアは予想していなかった。
 リンと旅をしていた時は、足の速いリンの力を借りて街から街への移動で、野宿の経験など皆無。冒険者として依頼をこなしていた時も、街で買った保存食でなんとかなっていたため、調理などステファニアには未知のものだった。
 けれどそんな言い訳を“彼”にいうわけにもいかず、羞恥心をぐっと堪えて“彼”のため息を一心に受けるのみ。

「君、本当に冒険者だったのか? 」
「知らない? これは生活魔法だぞ? 」
「もういい、俺がやる」
「君が前衛に出るな。足手纏いだ」

 ステファニアのこの2年はなんだったのかと思うほど、ステファニアは役立たずだった。
 それを勇者や聖女は慰めてくれるが、“彼”はそれさえも煩わしいというかのような視線を寄越す。
 寡黙なエルフでさえ本気で落ち込むステファニアの肩を叩くぐらいはしてくれるというのに。

 けれど“彼”は決してステファニアの頼みを断ることはしなかった。
 あんなにステファニアを邪魔者のように扱うくせに、ステファニアが教えてくれと言えば「なぜこんな事も知らない」と文句を言いつつ丁寧に一から十まで教えてくれた。
 ステファニアが失敗しても「同じ失敗はするなよ」と釘を刺しながら再び最初から説明を始める。

 “彼”はこの一団の保護者のようだった。

 名家の出で教養があり、騎士団で訓練を受け、17という若さで小隊を任される程のエリートの“彼”。
 新たな国に辿り着けば、手続きや宿の手配、国内の有力者との打ち合わせなど彼が全て整えてしまい、気づけば次の旅の準備まで終わらせている。
 野営も手慣れており、ステファニアが合流するまで大体の事を彼が一手に引き受けていた。

 それもそのはず。
 異世界から来てこの世界のなんの知識も持たない勇者に、神殿で外界と隔離されて育った聖女、他の種族と交わらず森で暮らし精霊のような存在のエルフ。
 彼らに生活力やら常識やらを求める方がおかしい。
 帝国と教皇側から彼らの旅のサポートを一任されている“彼”は、仲間に任せることを早々に諦め1人で全てをこなしていた。

 一応彼らの名誉の為に言うが、彼らとて“彼”に任せてばかりだったわけではない。
 彼らなりに負担にならぬよう努力はしていたし、少しずつだが成長はしていた。
 神殿で人々の私利私欲を見てきた聖女は、勇者一行の力を我が物にしようとする貴族や国の者達をのらりくらりとかわす話術や思慮深さがあっても、世話をして貰う事に慣れている彼女では配慮に欠ける面がある。加えて、不器用なわけではないが、ガサツなステファニアと違って優雅すぎるゆったりとしたその所作は何かを頼むには躊躇われるものがあった。
 無口なエルフは、獲物の狩りは得意だったが、全ての感覚が大雑把。魔物特有の臭みでさえ、肉旨みの一部だと毒でなければかぶりつくような性格で、何を任すにしても彼との思考の違いを事細かに確かめる必要があった。
 勇者に至っては論外で、何事も受け入れてしまうおおらかな性格で人々に好かれるたちだったが、ステファニアとはまた違った好奇心で各地で面倒ごとに巻き込まれるやつだった。だから、“彼”は自分の任務は魔王の元に勇者を届ける事だと、勇者には何もさせない事を優先させていた。

 今思えばこそ、後で加わったステファニアは彼にとって余計なお荷物だっただろう。
 他の者は戦闘能力があったからまだしも、何も持たないステファニアは完全な邪魔者だった。
 リンにしがみついてやっと彼らの後をついていけるような存在。
 けれども、それでも渋々ステファニアを受け入れた“彼”は決してステファニアを追い出そうとはしなかった。
 ただの従魔だと紹介していたリンを訝しむように見てはいたが、ステファニアに関しても特に言及してくることはなかった。

 ステファニアも一向に馴れ合おうとはしない“彼”に反感を抱いていた。
 いくら無謀な彼女とて、最初は嫌われている相手に不用意に近づくことはなかったが、勇者達と過ごして“彼“からしか学べない事もあると思い教えを乞うことにした。

 そして、ステファニアは、少しずつ“彼”と関わるうちに、“彼”の戦い方に疑問を抱くようになる。

 “彼”は騎士で剣士でもあるので、前衛として戦うのは問題ない。
 経験値も他のものよりあるため、状況把握もずば抜けていた。
 ただ、前衛として他のメンバーを守ろうとはするくせに、決して自分の防御は行わなかった。
 戦闘する上で問題となりそうな攻撃は避けるが、受けても大したことがないと判断すれば一切抵抗せずに相手の攻撃を受ける。
 しかも相手の隙を作れるのならと、あえて負傷する事も多い。
 囮が必要な場合も、その役をかってのはいつも“彼”。
 戦いが終われば、いつだって“彼”が一番ひどい怪我をしていた。
 その内にステファニアは“彼”が前衛に出るもの、何かあっても自分を犠牲にすればいいと思っているかのように感じ始めた。

──まるで、生きる意思のないような・・・

 そう思い始めたら、ステファニアの中に次々と“彼”の行動に疑問が湧くのも当然で、それはすぐに苛立ちへと変わっていった。

 そしてステファニアは頭よりも先に体が動くタイプだった。
 自分がどうなろうと気にしない彼の危うさに耐えきれなくなったステファニアはいつの間にか彼を守ろうと飛び出していた。


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