魔法の解けた姫様

しーしび

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本編

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「君、女だったのか?! 」

 あんなに慌てた“彼”の顔は後にも先にもあの時だけだろうとステファニアは思う。

 洞窟内で、いい加減、お互い風邪を引くと“彼”は服を脱ぎ始めた。
 ステファニアも、特に問題ないかとあっさりとずぶ濡れの服を脱ぐ。
 魔法で乾燥させるのは簡単だが、できるだけ魔力は温存しておきたい。
 幸いステファニアの荷物は彼の枕がわりで洞窟に置いてきていたので、下着類の着替えはあるし、今少し脱ぐくらいなんともないと考えていた。
 ただ、誤算だったのはステファニアを男だと思っていた“彼”が当然のように振り返って着替え途中のステファニアを見た事だ。

 濡れたさらしを巻き直していたステファニアを見た“彼”は、叫びながら、顔を真っ赤にし、手で目をお覆い、そして勢いよく岩壁の方に体を回転させた。
 見た事のない慌てふためく彼の姿はあまりにも貴重で、ステファニアは呆然としたが、“彼”に背を向けており、別に直接見られた訳ではないので、あっけらかんとして笑い飛ばした。

 しかし、その後なぜかステファニアはお説教を喰らうハメになった。「いくら男性のふりをすると言っても、君は女性だという自覚を忘れるな」「君がよくても俺がよくない」などと、裸を見られたのはステファニアなのに、まるで“彼”が被害者かのように言葉を続けた。
 小姑のような小言を一通り終えた“彼”は、いつものようにため息を吐き、「勘弁してくれ」と力なさげに呟いた。

 その後は、ステファニアが女だとなぜ気づかなかったのかと、ぐだぐだと自問自答を繰り返していて、必要以上にステファニアと会話をしなかった彼のその姿に思わず笑みが溢れた。

「笑いごとではないぞ」
「すまない。つい」
「君も男装する気ならもっと気を使った方がいい。特に話し方」
「そうか? お前も今まで気づかなかったんだし、完璧と言っていいと思うけどな。男っぽい話し方だとよく言われたし・・・」
「その話しぶりで一人称が『私』なんておかしいとは思っていたが」
「そうか。それもそうだな」

 思いもよらなかった指摘にステファニアはあっけらかんとした笑い声を響かせる。

「よくそれで今まで何事もなかったな・・・」

 あいも変わらず“彼”は呆れ気味に、そして少し残念な子を見る目でステファニアを見つめる。
 けれどステファニアはそれが嫌だと思わなかった。
 少し前までどうやって彼を見返してやろうかと考えてばかりだったのに、不思議だった。
 ステファニアの中で“彼”はいつの間にか面白いやつに変わっていた。

 そして応急処置をして体力を回復させた2人は無事仲間と合流したのだが、“彼”以外のメンバーは既にステファニアが女性であることを知っており、ヘラりとした笑顔で「え、本人が隠したがっているから言わない方がいいのかと思った」と勇者に言われ、なんともいえない羞恥心に襲われたのはステファニアにとって消し去りたい過去だ。





「姫様遅いですよ! 」

 街の散策から帰ってきたステファニアはすぐに乳母に捕まった。
 数時間後に始める前夜祭の為に、身につけていた衣を全て剥がされて、侍女たちに余念なく全身を磨き上げられた。
 けれど左の手首だけは彼女達に触れさせなかった。
 ステファニアにはわざわざ風呂に入り直す必要性を感じられないが、それを口に出せばさらに面倒だと知っているため、彼女達になされるがまま。
 聖女だったらこれを当たり前のように受け入れられるのだろうなとステファニアは1人想像し微笑む。

 すると、乳母と侍女達が悩む声が聞こえた。
 何事かと振り返れば、彼女達はステファニアの髪をどうするべきか相談し合っていた。

「やはり付け髪が必要なのでは? 」
「ですけど、姫君の髪のように美しいものはなかなか・・・」
「付けたとわかりやすいのも困りますわ」
「でも、結婚式前なのに髪を結い上げるわけにはいきませんし・・・」

 どうやら急な式で髪の事まで彼女達は気が回っていなかったようだ。
 以前よりかは伸びた髪をそれほど問題視していなかったのかもしれない。
 今更、令嬢にしては短いステファニアの髪について彼女達はあれやこれやと言っている。

──ここ数年で一番長いのにな

 ステファニアは自分の髪を一房摘み上げ苦笑する。
 伸びてくれば適当に切っていたザンバラ髪の面影は、そこにはない。
 枝毛一つもないハリのある艶やかなその髪は、簡素な紐だけでくくってもパラパラと落ちてしまいそうだ。
 汚れを落とすだけしか手入れのしなかった頃は、バサバサしていてまとめやすかったのに、とステファニアは残念に思う。

「そのままでいい。この頭なんて今更だ」

 何度かもっと短い姿で人々の前に出ていた。
 ステファニアの姿など国民にとっては既に周知の事実。
 招待した国外の貴賓達も、大戦後の付き合いもあったし特に問題ないだろうと判断した。

「ですが・・・」

 完璧な姫にこだわる乳母は渋ったが、ステファニアは何度も言わせるなと軽く手を上げてそれを制した。
 乳母は物言いたげな目を鏡越しにステファニアに寄越す。
 ステファニアはそれに気づかないふりをして侍女達に身支度を再開するよう促す。
 華やかな女性らしいドレスに身を包み、唇に色を乗せた姿は形にはなっていたものの、違和感が拭えない。
 ステファニアは鏡に映る自分を見続けることができず、笑顔で振り返る。

「ありがとう。皆のおかげでどこに出ても恥ずかしくないな」

 ステファニアがそういえば、侍女達は嬉しそうに頬を染めて俯いた。
 その後、彼女達は片付けを済ますと退出する。

「姫様は嘘がお上手になられましたね」

 乳母は去り際にそう呟いた。
 ステファニアはそれに反応することができず、じっと椅子に座ったまま外を眺めていた。
 高すぎる塀に囲まれた城は、窓からその城下さえ見ることは出来ない。
 作られた庭園のみが広がるその風景にステファニアの心を動かすものはなかった。
 柱時計に目をやれば、まだまだ先だと思っていた夜会の時間は、後数刻に迫っていた。





 仲間達の中で嘘が一番うまかったのは、意外なことに勇者だった。

 お人好しで馬鹿正直なやつかとステファニアは思っていたが、勇者はそう単純な人間でもないようだった。
 確かに、いきなり違う世界に連れてこられて、世界の為に命を差し出せと言われ、文句も言わずに旅をしている人間が普通の感覚なわけがない。
 話によれば、まともな訓練さえも受けることなく旅に出されたようで、帝国や教皇達は本当に全て“彼”に丸投げしてしていたらしい。

「大丈夫」

 勇者が一番よくついた嘘だった。
 そしてそれを見抜くのはいつも“彼”だった。
 次第に聖女も勇者の人となりを理解し、“彼”よりも早く気付くことが多くなったが、最初から勇者と向き合ってきた“彼”は勇者のその嘘に敏感だった。

「この依頼は受けるべきではない」

 “彼”がなんでも安請け合いしてしまう勇者に、旅の目的は魔王討伐であって人助けではないと、苦言を呈す。
 ギルドを通して指定される帝国や教皇達からの依頼だけこなしていればいいのだと“彼”は勇者を説得していた。

 しかし、なんでもかんでも人の意見に頷く勇者が、「それだけは出来ない」と首を横にふる。

 今までで一番ひどい喧嘩だった。

 “彼”は「大丈夫」と言いつつ心身共に疲労していた勇者に気づいていたし、勇者をダメにする前に止めなければと必死だった。
 勇者は勇者で何を考えているのか、前向きな言葉ばかりを言う姿が嘘のように、「僕のことなんて何も知らないくせにっ」と声を荒げ“彼”飛びかかった。
 聖女は突然の出来事に顔を真っ青にして狼狽え、エルフは黙って見るばかりだった。
 耐えきれなくなったステファニアが2人に水を浴びせるまで、彼らは口でも体でも喧嘩をやめなかった。

 「らしくないぞ」とステファニアは勇者に問いかけた。
 勇者はやってしまったと後悔する表情を見せたが、すぐに人好きのする笑みを浮かべ腹のいどころが悪かっただけだと誤魔化し始めた。
 元の世界では何の力も持たなかった平凡な人間が、いきなり勇者だと言われて平気なわけがない。
 慣れぬ環境に戸惑い、己の知らない力に怯え、自分の過去を知る者がいない事に震えていた。

「僕は、少しでも多くの僕の存在を刻みたい。そうじゃないと──・・・」

 ひっそりとそう聖女にだけ吐露する勇者。
 頼る者も過去の自分もこの世にはない。
 自分は浮いた存在のように思っていたのかもしれない。

 ステファニアはそれを“彼”と盗み聞きしていた。
 本当は、こそこそとそんな事をするつもりはなかったのだが、頭を冷やすと出ていった“彼”を追いかけていたらいつの間にかそんな状態になっていた。
 流石にこれ以上はダメだと、ステファニア達はひっそりと退散したが、ステファニアは今までの勇者を思い浮かべる。

──そうか、あいつずっと嘘をついてたんだな

 ステファニアはそこにきてやっと彼が本音を誤魔化していた事に気づいた。
 “彼”はとっくに気づいていたようで、「この阿呆が」と拗ねた顔で呟いた。
 なんとなくその表情がステファニアの腹の底をくすぐってきて、じっとしてられなくなったステファニア。
 その感覚を振り払う為に“彼”の頭をわしゃわしゃと触った。
 “彼”はとても迷惑そうな顔をしていたが、ステファニアはそれに安心してしまった。
 呆れた“彼”は「ほら、いくぞ」とズンズンと勝手に進む。

 ふと、ステファニアは自分も嘘を吐いている事に気づいた。

 本当の名も打ち明けることもできていないこの自分は、本当の意味で彼らと存在しているのだろうか。
 もし、明日、自分が彼らの元を去るとして、ここに自分はいたと言えるのだろうか。
 この目の前にいる“彼”に自分は残るのだろうか。
 簡単に消えてしまうのなら、と渦巻いていく掴めそうで掴めない不確かな感情。
 足が沼に浸かっていくようなその感覚にステファニアはふらつきそうになった。
 どんなに絶望していたってできていた踏ん張りが今は効かない。

──いやだ

 どうしても消したくなかった。
 今ここにいる自分は間違いなく自分で、“彼”に忘れて欲しくなった。

 だからステファニアを置いて進んでいく“彼”の元に駆ける。

「待ってくれ」

 “彼”にどうしても聞いて欲しいことがあった。                                                               
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