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本編
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しおりを挟む「君が訳ありなことなんて分かっているさ」
“彼”はステファニアを見下げながら当然のように言った。
ステファニアは大きな目をまんまるにして“彼”を見つめ返す。
「嘘だ」と呟けば、「こんなことで嘘を言ってどうする」と真っ当な答えが返ってきて、ステファニアは二の句がつげれない。
「別に敢えて語る必要はない。俺の場合は、成り行きだったが。何もかも知っているからと言って理解し合えるわけではない。いくら相手を熟知していても、真の意味で分かり合えるわけではない、だろ? 」
言外に、俺の事を知った気になるなよと言われた気がした。
全てを語る前に突き放されたような気分で、ステファニアはうまく返事ができたか記憶にないが、とにかく用事を思い出したそぶりをして逃げ出した。
逃げ出しても嫌な感覚を取り除くことは出来なかったが、それでもその場に留まることは出来なかった。
それから数日、ステファニアはなんとなく“彼”を避けた。
全て自分が勘違いしていたようで、なんだか情けなかった。
いつも感情のままに動いていた体は、固くなって“彼”に真偽を確かめたいのに、何故か出来ないでいた。
はっきりしない事は一番嫌いなのに。
正義と悪はいつだってはっきりしていて、正しいと思った方へ突っ走ることしか知らなかった。
けれどこの世界は曖昧なことが多くて、絶対に正しいと言い切れるものがどれほど少ないか。
自分は間違っているのだろうかと、答えのない何かを探して、らしくないと分かっていても、結局、向き合うのを恐れて、リンに埋まって悶々としていた。
「おい。ちょっとツラをかせ」
ただ、やっぱり考えるより動くタイプの短略的なステファニアには悩むという事は不得意で、我慢できずに相手に突撃した。
何故かいつも通りの話し方はできなくて、更に横暴な物言いになってしまったが、それでも“彼”からちゃんと答えを聞き出したかった。
「やっとか」
想像通りの呆れ顔だったのに、それは想像よりも全然怖くなくて、ステファニアは目を真っ赤にしなから彼に自分の名前を叫んだ。
*
「馬子にも衣装だね」
幼い頃から馬の合わない婚約者は、明日のために集まった貴賓を出迎える為にステファニアを迎えに来た。
入ってくるなり、ステファニアを値踏みするかのように頭の先から爪の先までじっくりと見た彼は、「まぁ、こんなものか」とステファニアに合格を告げる。
ステファニアはそれを不快に思う価値もないと、戴冠式後の公務の話を切り出した。
「謁見の申し出はあるのか? 」
すると、婚約者は眉を目一杯持ち上げて鼻で笑った。
「おいおい、君が気にする事じゃないよ」
「公務だろ。まさか私抜きでやるつもりじゃないだろうな? 」
「全てこちらに任せてくれれば何も問題ないはずだけど? 」
「継承権があるのは私だ。私がいなければジャコモ、お前も一国民に過ぎない」
ステファニアが言い返せば、彼は不快感を露わにしステファニアの顎を掴んだ。
「おい、思い上がるなよ。我が家の力がなければ国の統制も出来ない君に選択権はないんだ。王配であっても実質の力はこの僕にある。いい加減弁えてもらわなきゃ困るんだよ」
「こちらの台詞だ。私から全てを奪えると思うな。この国は、家で父親の足元で蹲っていただけのお前が扱えるほど簡単ではない」
ステファニアは、怯む事なく婚約者の手を振り払った。
以前ほどの力強さはその手に籠っていなかったが、婚約者にはそれでも十分だった。
彼は大戦時に剣を持つどころか、国を守ろうと立ち上がりもしなかった。
そんな男に言い負かされる程ステファニアは弱くない。
ただ彼の後ろ盾が大きすぎる為、折れなくてはならない場面が多くなることは分かっていた。
それも仕方ないこと。
婚約者は憎らし気にステファニアを見ると、彼女に振り払われた手をさすりながら呪いのように言葉を吐き出す。
「『お前』じゃない、『貴方』だろ? 君が望んだ事なんだ。少しはらしくしろよな」
そんな事分かっていると反論したかったが、この男の前で感情を露わにはしたくなかった。
前のように突っ走るだけのステファニアではない。
背負うと決めた覚悟は、それだけ彼女の強さになった。
「だったら、私が望む夫になってみせろ」
それでも、人形として生きるこれからが分かっていても、ステファニアは争おうとしていた。
捨てきれないプライドがある。
婚約者には見えないよう、そっと自分の手首に触れた。
そして、色褪せた赤い紐に指を絡ませた。
*
「君はまるで野生動物だからな」
婚約者と同じように“彼”はステファニアの事を『君』と呼ぶのに、ステファニアにはそれが全く異なる響きをしていた。
「野生動物って、お前な」
「違わないだろ。頭で考えるより先に本能で動く」
「・・・」
自覚があるだけステファニアは言い返すことが出来なかった。
そんなステファニアを愉快そうに見つめる“彼”の姿はかなり貴重だった。
「敏感な時は追いかけると逃げそうだ」
「・・・だから何も言わなかったのか? 」
小姑のように小言の多い“彼”にしては珍しいとステファニアは思っていた。
それが余計にいつもと違うことが怖かった。
「君はすぐ白黒つけたがるからな。放っておいても問題はないと思ったんだよ」
“彼”は「何を勘違いしたかは全く分からなかったが」と付け加える。
──理解できないなんて言ったくせに
ステファニアは心の中で反論し、これでは自分がただ拗ねていただけのようではないかと不貞腐れた。
「ほら」
“彼”が水に濡らした布をステファニアによこした。
なんだと首を傾げれば、“彼”は自身の目元をさす。
「腫れてるぞ。そのまま皆の前に出るのか? 」
そう言われステファニアは慌てて布で目を押さえた。
泣き叫ぶ自分があまりにも恥ずかしく、顔を上げることさえ難しかった。
──いつもだったら、こんなの気にしないのに・・・
泣き腫らした顔など見られたってどうってことない。
泣いたのがバレたって多少は気まずいが、わざわざ隠すことでもないと思っていた。
なのに、いつもだったら気にしないことが、“彼”の前だとやけに恥ずかしくて、どうしていいか分からない。
知らない感情にステファニアは振り回されてばかりだ。
「おい、髪まで濡れるぞ」
“彼”がそう言って手を伸ばした。
“彼”の手が耳を掠った後、熱が耳に残る。
「髪、伸びたな」
“彼”もすぐに手を離し呟いた。
短く切り揃えていた髪はそのままにするには少し疎おしいぐらいには伸びていた。
けれどもそれは肩につくかつかないかの微妙な長さ。
なんとも言えないくすばゆさに、ステファニアは「そうかもな」と返すだけで、顔を上げるまでかなり時間がかかった。
それから、何かが変わったようで変わらない日々が続いた。
旅は進み、皆それぞれに力をつけ魔王討伐への力を確かにつけていた。
それから一つの街に着いた時、“彼”がステファニアの名を初めて呼んだ。
「ほら」
“彼”が投げてきたのは、いくつかのビーズが織り込まれた赤い紐。
「いい加減その鬱陶しい髪をどうにかしろ」
育ちの良さがよく出ている品のいい笑みを浮かべた“彼”の姿が、ステファニアの記憶に深く刻まれた。
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