魔法の解けた姫様

しーしび

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本編

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 ステファニアは彼らとの旅の間、何度も何度も“彼”の元に駆けた。

 それは単に“彼”を守ると約束したからだけではない。
 ただ、そうしないといけない気がした。
 そう直感で思ったステファニアは、案の定、体が勝手に動き出していた。

 何度も“彼”に駆け寄って、そして向き合った。

 旅の道中、ステファニア達は様々な経験をした。
 泣いたり、笑ったり、怒ったり、落ち込んだり、悔やんだり、気が抜けたり。
 その全てにいつだって彼らの姿があって、ステファニアは彼らがいたから前向きにいれた。

 けれどその中で一番濃くステファニアの中に残っているのは、“彼”の姿。
 あんなに嫌なやつだったのに、どうしても気になって、凄さを目の当たりにして、面白いやつだと気づいた時には、“彼”がいると安心するようになっていた。

「やっぱり、モテますわね」

 聖女はその美しい顔に手を添えて、困ったような声を出す。
 勇者のことだろうかとステファニアは思い、「確かにあいつは人に好かれやすいよな」と同調する。
 ステファニアは美醜には無頓着だが、勇者が人より優れた容姿であることを知っていた。
 何人かの女性が勇者の気を引こうとしているのもなんとなく察していた。

 けれど、聖女はゆったりと首を振ってそれを否定する。
 彼女は頬に添えていた手を、令嬢達に囲まれている“彼”に向けた。
 領主に招待された夜会などの席ではよく見る光景だった。
 聖女は、“彼”が帝国の貴族だから狙っているものが多いとため息をついた。

「せめてお相手がいるとなれば、あの方も断りやすでしょうに」

 聖女はそう言ってこちらにに視線を寄越すが、どうしろというのだろうかとステファニアはグラスに口をつける。
 その頃はあえて自分の性別を隠すこともないなと、それなりの格好をしていたステファニア。
 ただ、結局、着慣れたものが一番と普段は男性寄りの格好をしていたが、流石にお呼ばれになると多少は女性らしさのあるものを心がけていた。
 しかし、ステファニア自身に自分が女性だという自覚があるようでなく、聖女の言葉の意味を汲み取ることはできなかった。
 2人の会話を側で聞いていた勇者は吹き出して、「彼女にそれを求めるのは酷だと思うな」と聖女に何やら助言をする。

「ステファニア様はあれを見て何も思いませんの? 」

 納得がいかないと聖女は頬を愛らしく膨らましながらステファニアに尋ねる。
 ステファニアは何が言いたいのか理解できず、「あんな重たいドレスで動くなんて大変そうだよな」と頓珍漢な答えを返した。
 実際、彼女達の体力にステファニアは感心していた。
 令嬢の衣装の大変さをよく知っているステファニアには、想像しただけでどっと疲れてしまいそうだが、彼女達はあの人混みの中で気丈に動き回り、その美しい煌びやかな姿を保ち続けている。

 その中で“彼”は笑みを貼り付けて、一人一人に声を返す。
 変な不興は買いたくないとその顔が語っていた。

「あんなのいつものことだろ? 」

 それでも何やら言いたげな聖女に返せば、聖女はらしくない早口でステファニアに詰め寄る。

 曰く、容姿も家柄も能力も他者よりずば抜けて優れている“彼”は、令嬢達にとっては理想の結婚相手らしい。それは人々の英雄である勇者を凌ぐ程の人気で、彼女達は本気なのだと。

「もしかしたら、あの中の誰かと縁付いてしまうかもしれませんわよ」
「そうか、そういうこともあるんだな」
「どうしましょう。わたくし、これ以上言ってしまうのは無粋だと思っていましたが、お節介をするべきなのでしょうか? 」

 聖女は混乱をあらわにした瞳を勇者に向けた。
 勇者はそれを苦笑いで受け止め、彼女の肩に手を回し慰める仕草をした。

 やっぱり彼らの会話が理解できないステファニアだったが、“彼”が女性らしい誰かと並ぶ姿はしっくりくると想像してみる。
 聖女の話を思い返してみれば、確かに“彼”は、幼い頃に乳母が読んでくれた童話に出てくる王子そのもの。
 いつかガラスの靴を持って誰かの元に彼は駆けていくのかもしれない。

 ステファニアはそう考えると、時々現れるはっきりしない何かが腹の中に浮かんでくる。
 それは何事もはっきりさせたがるステファニアにはとても煩わしいもので、それをかき消そうと近くにあった豪華な食事に手をつけた。

──あ、これあいつが好きそうな味だ

 ステファニアはその料理の中から“彼”好みのものを見つけた。
 好きなものを食べれないなんてきっと“彼”は悲しむだろう。

「おいっ! 」

 そう思ったステファニアは、躊躇うこともなく未だに令嬢達に囲まれた“彼”の元に駆けていった。

「ほら、気にする事ないよ」

 その後ろで勇者が聖女にそう呟いたことを、ステファニアは知らない。





「少しは笑うことはできないのか? 」

 ステファニアは、扉の向こう側から漏れ出る賑わいを耳にしながら婚約者の方へ顔を向けた。
 背丈だけは高い婚約者はステファニアを見下ろして要求してくる。

「隣に立つ僕の身になってくれ」
「私は1人で入場しても構わないが? 」

 エスコートなど必要ない。ステファニアは1人で立つぐらいの覚悟は持っている。
 早々から婚約者に主導権を渡すつもりのないステファニア。
 婚約者も婚約者でそんなステファニアの手綱を握る事も出来ず、すぐに自分の要求を下げた。

「・・・昔はよく笑っていたのにね」
「お前はよく泣いていたな」

 生意気な口を叩く割に婚約者は弱虫だった。馬乗りになって彼を泣かした事もあった。
 お互いに相性が悪いことは分かっている。
 彼だって地位を手に入れても、相手がステファニアであっては諦める事もあったはず。
 互いに愛を育もうとなんてするなんて気はさらさらないのが救いだ。
 これは国の為の契約なのだから。
 あとはステファニアが彼の生家をはじめとする欲深い貴族達をどう扱えるかだ。
 彼がそれに協力してくれるかどうかはまだ分からない。

 魔法が解けた今、ステファニアは己の力だけでやっていかないといけない。

「さあ、行こうか」

 自分達を呼ぶファンファーレを耳にし、ステファニアは一歩を踏み出した。





 ステファニアにとって勇者達と過ごした期間が魔法だったと気づいたのは、約3年ぶりの祖国に行く事が決まった時だった。
 “彼”が帝国からの依頼だと、ステファニアの国を口にした。
 依頼内容を聞いてみれば、帝国に父が頼んだことだと簡単に分かった。
 直感で父達は自分がどこにいるのか知っていると理解した。
 多分、それを見越しての依頼で、祖国に戻ればこの魔法のような時間が終わるのだと察した。

 その時になれば既に気づいていた。
 ステファニアはこのまま彼らと共にいても、彼らのように力を得ることはできないだろうと。
 いくら一緒にいても、志を同じにしても、ステファニアはここではなんの力もないし、なれない。
 そして、自分が彼らと同じ志でいるためには、祖国に戻らなければならないことも。
 あそこで、父の元に、ステファニアの求める強さがある。

 自分が童話の姫になれるなんて思っていない。
 どの童話にも自分のような姫はいなかったから。
 姫になるためにあの国に戻るのではない。
 姫になれない自分は、それでも生きる為に、“彼”に生きてもらう為にあの国で力を得る。

 だから、“彼”と別れる事も生きる為に必要な事だった。
 
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