(仮)あの頃〜兄の友人、美しい幼馴染。別れと再会

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碧 伊

 碧伊あおいちゃんは本当に、別嬪さんねえ。
両親に連れられて、親戚や何かの集まりに行くと、子供の頃から、いつもこんなふうに言われた。

小学校に入ると、男の子から、時々手紙をもらった。
イタズラの手紙もあったが、
「あおいちゃん、おとなになったら、ぼくとけっこんしてください」
と言った、内容が多かった。

「うん、あのね、わたし、かんがえておくね。」
と、答えた。

思春期になると、碧伊と目を合わせた男の子が、よく顔を赤らめるようになった。
どうしたのだろうと、最初は驚いて、不思議に思った。
何か赤面させるようなことをしたのかと。

それから、時々男の子たちから、直接、告白を受けるようになった。
ある少年に、
「ごめんなさい。私、みんなと仲良くしたいから。」
と、断った。

少年は、頷き、切なさそうに去った。
碧伊の心に、小さな小さな傷が出来た。

「何か、あの子に、悪いことしたみたいな気がするの。」
「碧伊ちゃん、悪くないよ。」
和史が言ってくれた。


さらに、年齢が上になった頃、級友の割と仲良くしている佐々木志穂さんがやってきた。
「あの、お願いなんだけど。」

「何?」
「お兄ちゃんが、碧伊ちゃんに言ってくれって言うの。付き合ってほしいって。」

彼女の兄は、確か武さんと、友達に呼ばれている、男子校の上級生だ。

「ええ? よく知らないし、お付き合いとか無理です。」

「だったら、一度でいいから。兄がずっと言ってくるの」

そう頼まれて、碧伊は日曜日に、志穂の家に遊びに行った。

よく来てくれたとばかりに、級友は喜んだ。
志穂の兄の武に

「こんにちは」

と挨拶すると、彼は上級生にもかかわらず、赤くなった。
志穂の母親が、お菓子や飲み物を出してくれて、

「碧伊ちゃん、ほんとに美人なのね」
と言った。

そのあと、武の友達も何人かやって来て、碧伊は何を話して良いかわからず、すっかりくたびれたが、級友との約束を果たし終えたと思って帰って来た。

その何日後かに、碧伊は、自分の噂話を聞かされることになる。

男子校の生徒が、「碧伊は自分の彼女」と、公言していること。
「碧伊」と、自分の物のように、事あるごとに、呼び捨てで話をしている。と、いった内容だった。

その日も図書館に立ち寄り、そこでいつも勉強したり、本を見ている和史に出会い、家も2、3軒隣りなので、雑談をしながら、ぶらぶらと帰宅しようとしていた。


ちょうど、図書館の正面に、偶然来た武と、鉢合わせをした。

「こんにちは」
と、碧伊はびっくりしながらも、挨拶をした。

武は、碧伊を見て、頬を紅潮させたあと、横に並んでいる和史を見て、また顔を赤くした。そして、
「碧伊」

と、呼び捨てで呼んだあと、
「何で、こいつが居るんだ?」

と、和史を睨んだ。

「何でって言われても。」
碧伊は、キョトンとして言った。

「和史くんは、近所でずっと前から友だちですけど」

そして、和史は微笑んで言った。
「佐々木さんですよね。碧伊ちゃんは、子供の時から、僕が知ってるだけでも、沢山、結婚を申し込まれたり、打ち明けられたりしてるんだ。だから、そういうこと言うのは、佐々木さんの前に、大勢いますよ」


神社の近くには、レンガと木で造られた、西洋建築の図書館がある。

碧伊は、家がこの近くなので、よく図書館に来ていた。

和史も碧伊の近くなので、やはり、図書館に来ていることが多かった。

2人は、小学校には一緒に行っていたし、彼らの両親も昔から知り合いで、お互いの家によく遊びに行っていた。

幼馴染の2人は、小学校を卒業しても、変わらず、図書館で顔を合わせた。
新聞も月刊誌も、雑誌もある。

ここで、勉強をしたり、本を借りて読んだり、展示室を見たり、中庭に面した談話室で近況を話したりした。

もっと大きくなっても、2人はここで、幼馴染に戻り、他愛ない話をして、気楽な時間を過ごすことができた。

入口の棟は、洋風木造建築だった。木の床で、正面が事務室になっている。

1階の中央の扉が開き、誰かが入ってくると、板張りの廊下を歩く音が、閲覧室にも聞こえてくる。

碧伊が入ってくると、その軽やかな靴音で、部屋に居た和史は、彼女が来たことがいつも分かった。

彼女が部屋に入ってくると、空気が変る。

彼女の周りは、いつも、何となく相対的に明るく感じられる。

そして、そこに居る人々の視線は、みんな碧伊に向けられるのだった。

そんな碧伊を見ながら、和史は、子供の頃や、小学生の頃の碧伊は、もっと天真爛漫によく笑う子供だったのに、と思う。

大きくなるに従って、碧伊の表情は、顔に張り付いているかのように、変化が少なくなった。

ただ、和史と他愛ないおしゃべりをしている時は、碧伊は昔のように、表情がくるくる変わったり、よく笑ったりした。

近所に住んでいて、家族同志も親しいため、和史には、彼女の家族の事情も、何となくわかっていた。

そして、碧伊は、思春期になって、周りの男の子たちから告白される度、相手に不快な想いをさせないよう、気を遣っている。

大きくなると、それはもっと頻繁になり、碧伊は煩わしい人間関係に、時々巻き込まれていることも、和史は知っていた。


     *     *     *     *     *     *     *     *     *     *     *


碧伊にとって、幼馴染みの和史は、礼儀正しく、朗らかで気さくな青年だった。

小学校までは、5月生まれで、もともと背の高い碧伊に比べ、和史は3月生まれで、背が低かったせいもあり、同級生なのに、碧伊にとっては、ずっと弟のような気がしていた。

その後、背が高くなっても、和史には、未だ少年の名残りがあった。

そして、その涼しげな、変わらない眼差しは、碧伊にとって、爽やかな風のようで、いつも気持ちを楽にしてくれた。

図書館の横の、赤みがかった土壁が続く土塀の道を、2人はよく一緒に帰った。

この道を、色々な話をしながら歩いた。

大抵は、借りた本だったり、読んだ本のことを話したりする。

もみじの枝が陰を作り、いつもは、しいんと静かな道だった。

しかし、今日は、夏祭りが近づいているので、この時間になると、太鼓の練習の音が聞こえてくる。

そう言えば、碧伊は、夏祭りに行かないかと、青年達に何人もそれとなく、誘われていた。

しかし、

「前から友達と約束してたかもしれないから、はっきりわからないの。ごめんね」

そう言って、やんわり断っている。

押しつけがましい人や、一度一緒に出かけると、自分のもののように振舞う男子に、辟易しているところだったのだ。

誰とも行かなくても、そう、思っていた。

「それで碧伊、夏祭りはどうするの?」

和史が、いたずらっぽく笑いながら、たずねた。

「それが、また……」

「だったら、僕と一緒に行く?」

和史が笑いながら言った。

「そうする。和史くん、また一緒に行ってくれるの?」

碧伊は言った。

「うん、いいよ」

いつものように、にっこり笑って、和史が言った。

皆、先約は和史だったと、思ってくれるだろう。

子供の頃から、家族ぐるみで、和史とはよく神社のお祭りに来ていたものだ。

和史と一緒が一番気楽で、碧伊は心が軽くなり、笑顔になった。


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