(仮)あの頃〜兄の友人、美しい幼馴染。別れと再会

ピアノ

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誘い 1

陸と美夜の父親で、桜茶舗の主人、謙さんは、あまり店にいない。

その代わり、大変社交的な人柄で、色々な活動に関わっている。

とても気さくで、顔が広い。

「父さんが港まつりの特別招待券を持っていて、連れて行ってくれるそうだ。戦争の影響で、今回で中止になるかもしれないし、みんなで行かないか」

陸が言った。

戦争が始まってからは、士気を高揚するような歌や楽曲、戦地への贈り物の寄付などが、催しの主なものになってしまっている。
でなければ、開催の許可が下りないだろう。

でも、招待券を持っていれば、ゲストの歌を、特別席に座って鑑賞することもできるし、実際、有名な歌手が来る予定だ。

従来どうりであれば、そのあと、豪華な食事会にも出席できる。

娯楽が少なくなっている最近では、貴重な催しだ。

しかも、誰でも招待客になれるわけではないのだ。

「碧伊さんが今度お茶を買いに来た時、誘ったら?」

美夜は、兄に言った。自分のような子供が行くより、碧伊さんの年頃の女性達の方が、合っている。

碧伊さんと兄が出席したら素敵だ。

「でも次はいつ、店に来るかわからないし」

兄妹が、横でそんな話をしているのを、隼人は聞いていた。

彼は陸が好きだったので、できれば力になりたいと思った。

門前町には、修道館という、子供から大人までを対象にした、剣道や弓道などの道場があり、隼人は以前から、剣道道場に通っている。

週に一度、女子部の練習もやっていて、碧伊さんが来ているのは知っている。
ちょうどあさって、土曜日に練習がある。

「陸が手紙と、招待券用意してくれたら、渡すことくらいできるよ」

隼人は言った。

「手紙だって?」

「簡単に、集合場所と時間と、お前の名前、書いといて」

「それくらいなら」

陸は言った。




隼人は、女子部のあとの、上級者の稽古に通っていたが、女子部が終わる時間に合わせて、早めに修道館に行った。

美夜も一緒に来ている。

美夜は、桜茶舗の陸の妹だと、店に来ている碧伊さんはもちろん知っているはずだ。

今まで話したこともない隼人が、1人で話しかけるより、妹のような女の子を連れている方が、安心されて、話しやすいと思った。

稽古場の扉が開いて、碧伊の姿も見えた。

長身の美しい彼女が、姿勢良く扉から道場に入ったり、出たりするとき、何か
凛とした空気が漂う。

小さな町なので、彼らはほとんど顔見知りだ。

学校時代や、こうした稽古場などで、話したことがなくても、みんなお互いの顔くらいは知っている。

でも、初めて、隼人が話しかけてきたので、碧伊は少し驚いたようだ。

「あの、今度の港まつりの招待券を、桜茶舗から預かってるんだ。良かったら、一緒にと」

碧伊は、隼人を見上げて

「それは、いつですか?」

と言った。

彼女は、今まで、色々話しかけられたり、誘われたりしてきたのだろう。
突然、誘われたことには、全く驚いていないようだ。

「次の日曜日。来年は、もうないかもしれないらしい」

碧伊は、少し考えて頷いた。

「そうね、ありがとう。・・・行ってみようかな」

と、すんなり言った。

隼人はほっとした。 

碧伊が了承することは、滅多にないらしい。こんなに、た易く了承してくれるとは。
陸の喜ぶ顔が浮かんで、嬉しくなった。

「じゃあ、この中に、時間とか書いてあるから、確認して」

と、封筒を渡した。

碧伊は、受け取って、封筒の中の、手紙を開いた。

そして、怪訝そうな顔になった。

「えっと、これ桜茶舗の陸くんから?」

「うん。お店に来た時じゃ遅くなるから、道場のある日なら早いと思って、俺が預かったんだ」

「そう、あの」

「何?」

碧伊は、穏やかだが、考えこむような顔をして、言った。

「私、やっぱり、もしかしたら、その日、行けないかも知れない。」

「え? 」

「だから、あの、一応、返しておいた方が。ごめんなさい。どうもありがとう」

急に、成り行きが変わったので、ちょっとショックを受けた隼人は、考えを巡らして言った。

「あの、もしかして、和史が何か言う?」

碧伊は首を振った。

「和史くんは、何も言わない。そういう人じゃない。すごくいい友だちだから」

そうして、碧伊は申し訳なさそうに言った。

「ほんとにごめんね。桜茶舗の人にありがとうって言ってね。
また、お茶を買いに行きます」

そして、呆然としている隼人に、封筒を返しながら、小さな声で、つぶやくように言った。

「私、あなたが誘ってくれたのかと、勘違いしてた」

「は?」

碧伊は、そう言って、隼人と、離れたところで、ポカンとして立っている美夜にも、会釈をして帰って行った。

隼人は、ため息をついた。

陸には、碧伊さんの都合がつかなかったと言うしかない。

多分、美夜には聞こえていなかったはずだ。





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