(仮)あの頃〜兄の友人、美しい幼馴染。別れと再会

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誘い 2

女学校を卒業した碧伊は、洋裁学校に通っている。

もともと碧伊の母は着道楽で、娘たちにも綺麗な格好をさせるのが好きだった。その影響もあり、碧伊も服飾には興味がある。

しかし、今の時代は、そういう華美や贅沢が通用する情勢ではないので、母は嘆いていた。

碧伊の通う洋裁学校でも、情勢に合った動き易い服や、奉仕目的の衣類などを製作することが多い。

碧伊は、以前から、洋裁学校が午前中で終わる土曜日の午後は、門前町の修道館に行って、剣道の稽古をしている。

子供から学生、社会人までそれぞれのクラスがある。

土曜日の午後は、碧伊の入っている女子部の練習と入れ替わるようにして、剣道最上級者の稽古がおこなわれていた。

その中に、上背のある目立つ青年がいた。それまでにも、見かけたことはあるが、道場で袴の稽古着を着た姿は、また別格だった。

真っ直ぐな姿勢と視線。
「美丈夫」という言葉が浮かぶ。

彼は、隼人と呼ばれていた

皆、入口で出会ったら、お互いにあいさつをする。
彼は、出会えば、真っ直ぐに碧伊の目を見て挨拶をした。しかし、それは、他の人々にもしていることだ。

彼は碧伊を見ても、その視線には、全く何の感情の揺らぎもなく、ましてや他の青年たちのように、赫くなったりすることなどは皆無だった。

それが、碧伊には清々しく感じられ、姿勢の良い彼の立ち姿をいつも見ていた。

ところが、ある日練習が終わり、道場から出てきた碧伊を見るなり、待っていたかのように、その青年は真っ直ぐ歩いてきて、碧伊を呼び止めたのだった。



近くに、小柄な中学生くらいの女の子がついてきている。

《あら、あれは、あのお茶屋さんの、妹の女の子よね。時々お店で見かけるけど、どうして一緒に?》

お茶を買いに行くと、その子が店にいることがあった。

彼女も碧伊にこくんと頭を下げる。

青年は、近くに来ると、いつものように、まっすぐに碧伊を見て、躊躇うこともなく、言った。

「俺は、道場に来ている沢野です。

あの、今度の港まつりの招待券を、桜茶舗から預かってるんだ。良かったら、一緒にと」

《桜茶舗の人達が、港まつりに招待客として行くので、この人は誘われ、私も一緒に行かないかと、誘ってくれている》

と、碧伊は理解した。

青年は、まだ剣道着に着替えていなかったが、間近で見ると、より背が高く、男らしく、まっすぐな瞳が印象的だった。

性格もさばさばしている感じだし、碧伊に対して、平然としているので、いつも誘われたり、告白されたりする時に感じる、居心地の悪さも負担も感じないのが、意外だった。

それで、碧伊は

「いつですか?」

と、たずねた。

「次の日曜日。今年はあるけど、来年は、もうないかもしれないらしいし、一度行ってみては?」

彼は答えた。
その、はきはきとした言い方に、

「そうね、ありがとう。行ってみようかな」

と、思わず言っていた。

彼は満足そうにして、

「じゃあ、この中に、時間とか書いてあるから、確認して」

と、封筒を差し出してきた。

碧伊は、受け取って、封筒の中の、手紙を開いた。

え? そこには時間と場所のほか、別の青年の名前が書かれてあった。

「えっと、これ桜茶舗の陸さんからの誘い?」

「うん。お店に来た時じゃ遅くなるから、道場のある日なら早いと思って、俺が預かったんだ」

この青年は、友だちの手紙を預かって彼女に渡しにきたのだ。

だから、淡々としているはずだ。

「そう、あの」

「何?」

誘ってくれた、桜茶舗の青年が嫌いなわけではない。しかし………。

「私、やっぱり、もしかしたら、行けないかも知れない。」

碧伊がそう言うと

「え? そんな」

急に、成り行きが変わったので、青年は、ちょっとショックを受けた様子だった。
彼が友人のために、使命を果たしたかったのだということがよくわかる。

「だから、あの、一応、返しておいた方が。ごめんなさい。どうもありがとう」

当惑したらしく、彼は、少し考えて質問してきた。

「あの、もしかして、和史が何か言う?」
和史と碧伊さんが、親しいので、そのことを察したのだ

碧伊は首を振った。
「和史くんは、何も言わない。そういう人じゃない。すごくいい友だちだから」

そして、碧伊は、封筒を返しながら、小さな声で、つぶやくように、言った。

「私、あなたが誘ってくれたのかと、勘違いしてた。」

「は?」

青年は、また驚いたようだった。

「ほんとにごめんね。桜茶舗の人にありがとうって言ってね。
また、お茶を買いに行くね。」

碧伊は、彼、沢野隼人にも、少し離れて成り行きを見ていた、陸の中学生の妹にも会釈をして、帰ることにした。

《あの人なら行っても良かったのに》

碧伊は、初めてそんな風に思った。

自分を誘ってくる男の子たちの気持ちも、少しわかるような気がした。



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