(仮)あの頃〜兄の友人、美しい幼馴染。別れと再会

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万年筆と金平糖

それから、戦争は激しくなってゆき、桜茶舗でも、商品は次第に入りにくくなってきていた。
軍関係や、役所へ納品していたが、一般の人向けの、嗜好品としてのお茶の種類は、少なくなった。

そんな中、陸たちは、和史が召集されたことを聞いていた。
知人は何人も、召集されている。

修道館でも、見かけなくなった仲間がいる。
季節だけはいつものようにめぐり、新緑の季節になった。

「隼人も召集された。明日、挨拶に寄るって」

ある日、陸は美夜に言った。

たぶん、自分ももうじきなんだろうな、と陸は思った。

     

「ここの匂い、落ち着くなあ」

翌日、名残り惜しそうに、茶屋の店の中を見渡している隼人が言った。
陸は尋ねた。
「いつ発つんだ?」

「あさって」
隼人は答えた。

祖母が、いつものように、お茶を淹れてくれた。
以前のような、嗜好品のお茶ではないが、それでも、とても美味しかった。

昔から、隼人が、陸に誘われて、学校の帰りに立寄ると、店番をしている彼の母や祖母が、美味しいお茶や饅頭などを出してくれた。

お客のために、新茶や玉露など、熱いものや冷たくしたものを、用意していて、それを飲ませてくれたのだった。

試飲用だから、その日によって、色々なお茶がある。
本当に美味しかった。

彼らの祖母が低温で、ゆっくり淹れてくれた玉露は、芳しい香りとともに、甘かった。

「え?甘い・・・」
お茶ってこんなに美味しいのかと、隼人は、初めて思った。
兄妹は、いつもこういう、美味しいお茶を飲んでいるらしく黙っている。

夏には、抹茶に砂糖を入れて、冷たくしたものを飲ませてくれた。
量り売りする茶葉が並び、店の奥には、大きな茶箱が積んであった。
茶葉の落ち着く香りがした。
お茶のほかには、茶道具や、京都から仕入れている菓子も沢山あった。
かりんとうや茶飴、落雁、などの和菓子で、そういう茶菓子も、子供達に出してくれた。

今は、店の中もずいぶん変わり、がらんとした中に、荷造りした箱が積んであった。
色々話をした後、隼人は立ち上がった。

「じゃあ、元気で」

「また、会おうな」

「手紙を出すよ」
隼人は祖母にも挨拶をして、店を出た。

「神社のところまで送る」

美夜が言って、いつものように、少し後から付いて来た。

ふたりは、神社でお参りをした。

神社を抜けた先にある、広く、見通しの良い、玉砂利の道の脇の、もみじの下で、
「じゃあ、ここで。ありがと」

隼人は美夜に言った。

「わたし、待っとる。」

少し俯いて、美夜が言った。
もみじの枝が、小さな風で、ふんわり揺れた。

隼人は首を振った。

この妹は、本当に待ちそうだったから。

「待つな。知らんぞ、俺は」

彼自身にも自分の未来があるのかどうかわからない。

先に行った和史からも、便りはなかなか届かず、どうしているのかわからないと、碧伊さんの妹の翠が、お茶を買いに来て、陸に言っていたという。

次第に、戦局は厳しくなっているのではないか。

美夜の目にはすでに、涙がいっぱいになっていて、こぼれ落ちてきた。
ふと、それに、光線があたって、金平糖の星形にみえる。

美夜は、持っていた手提げの中から、白い紙に包んだものと、巾着を出して、隼人に渡した。

白い紙に包まれていたのは、神社の御守りだった。

隼人は、泣き出した彼女の肩を、兄のように掴んだ。
しゃくりあげる彼女の背中を、トントンとたたいた。

小動物のように、華奢で、柔らかい、温もりが手の平に伝わった。
その小さな肩と、じんわり沁みる温かさに驚いた。

自分は、この先何度も、この小さく柔らかな温もりを思い出すんだろうな、と思った。

「ありがとう。お前も元気で頑張れよ」

「うん」
美夜は俯いたまま、首を縦に振った
彼は、急に思い出して言った。

「そうだ、これをやる」

内ポケットから万年筆を取り出して、お礼に彼女に渡した。

美夜は、くしゃくしゃになった顔で見上げて、万年筆を受け取った。

「じゃあな」

隼人は、美夜に背を向けて歩きだした。
しばらく歩いて振り返ると、美夜はまだ、立ちつくしていた。
彼が手を上げると、彼女も手を振った。

角を曲がる前に、もう一度振り返って、手を上げた。
美夜もまだ立っていて、手を振った。

「俺も覚えているからな」
隼人は、呟いた。

しばらく歩いて、ふと、美夜から御守りと一緒に貰った、巾着袋を見た。
巾着袋は、もともとお茶の包装用らしく、『茶』の文字が染められている。

横のもみじの新緑の葉も、風で微かに、揺らいだ。
小さな巾着袋には、彼女の涙のような、金平糖が入っていた。

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