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メープルホテル
土塀の町には、遠くからも見える、大きな洋館や、庭園のあるお屋敷がある。
春乃の住んでいた家も、その頃建てられた洋館のひとつ。
山手の高台に、もとはオーストラリア人が建てた洋館だった。
戦争が噂されるようになったため、オーストラリア人はその屋敷を売って、本国へ戻ることになった。
貿易の仕事をしていた春乃の父がその家を買い取り、一家で住むようになった。
戦争が噂されるようになったため、オーストラリア人はその屋敷を売って、本国へ戻ることになった。
玄関を入ると吹き抜けになっていて、広いホールがあり、2階・3階へと続く大きな階段があった。
居間には暖炉があり、食堂も広く、10数人が座れるような。大きなテーブルなどが残されていて、天井が高かった。
間もなく、本当に戦争が始まった。
春乃が、その家の居間にあったピアノを弾いていると、その音が外に流れたのか、憲兵がやってきた。
玄関横の大きなもみじの木の下で、母と話している憲兵の姿を、春乃は2階から見ていた。
幸い憲兵は父の知り合いでもあり、穏やかな人で、こんな時なので・・・と、簡単な注意をし、ほっとしたという感じで、最後は母と世間話をして、帰って行ってくれた。
ピアノは、誰もうっかり弾いたり、触ったりしないように、上に白い布がかけられ、戦争が終わるまで、音を出すことはなかった。
春乃の父は、港町の岸壁に大きな倉庫を沢山持っていたが、それは軍の物資用に使用されていた。
終戦になって、間もなくのことだった。
「お母さんは、ここで、ホテルを始めようと思うの」
春乃の母が突然、その洋館で、ホテルを開業すると家族や周囲に告げた。
「建物は立派だし、食事の用意と、宿泊のお世話なら、わたしにも何とかできると思うし」
周囲の人々はびっくりした。
春乃の母親は、それまで家庭の主婦で、ホテルの経営を始めることなど、誰も予想していなかった。
もっとも、その頃父親は、戦争が始まってすぐ会社をたたみ、体調も崩しがちで、ひどく痩せていた。春乃も、兄・弟もまだ学生だった。母が、考えた末に、始めたことなのだろう。
この洋館には、ゲストルームも3室あったので、すぐにでも人を泊めることのできる施設だった。
当時、戦争未亡人になった女性たちが、母の周囲に何人もいた。
そのことも、母が女性ばかりでできる、宿泊業をはじめようと思ったきっかけになったようだ。
母はその人たちを雇い入れ、素人ながら、ホテルの運営を始めた。
色々な手続きは、父が手伝った。
庭に大きなもみじの木があったことから、母は自分のホテルを
「メープルホテル」
と名付けた。
初夏は、もみじの若葉が涼しい日陰を作り、晩秋には、紅葉したもみじの葉が絨毯のように緋色に庭を美しく埋め尽くした。
オーストラリア人の残していった、広いキッチンは、小さなホテルの立派な厨房になった。
備え付けられていた大きなオーブンで、毎日パンが焼かれ、ローストビーフやビーフシチューなど、当時の地方では珍しかった料理を、母親は作り、お客に供した。
宿泊客だけではなく、地元の人たちも、食事やお茶に訪れるようになった。
1階の玄関横の、天井の高い、大きな食堂と居間が、ゲストのために開放された。
もみじの木のある庭にも、ベンチやテーブルが置かれ、食事や宿泊に来た人々はそこでお茶の時間を楽しんだ。
春乃も手伝いで、庭のテーブルに紅茶を運ぶことがあった。
春乃の母が始めたメープルホテルには、色々な人達が訪れた。
春乃も、隣のS市にある女子大へ、通い始めている。
学校が休みの日には、テーブルに飲み物や料理を運んだりする手伝いをした。
春や秋の気持ちの良い季節には、もみじの葉影が、模様を織りなす庭のテーブルに珈琲やケーキを運ぶ。
そこで、人々は色々な話をしていた。
春乃にも、話しかけてくる人がいるし、顔なじみになる人もできた。
その日は、俳句の会の人たちが何人か座っていて、メープルホテルの自慢のアップルパイと紅茶を注文して、おしゃべりをしていた。
その中に、まだそれほど寒くもないのに、毛皮のストールにコート、帽子を被った女性がいて、春乃が行ったこともない大連のことを話しているのが聞こえた。
「私は父が軍人で、家族と大連に住んでいたの。
大連の、街路樹の続く、広いきれいな並木道。立派な建物があって。
子供だったけれど、あの景色は忘れられないわ。
私の原体験が、大連なのね。だから、今でも当時のことが忘れられなくて、こういう大連時代の洋服を着ているの。」
何度か見かけたことのある女性客で、その外見がいつも印象的だったが、その謎が解けた。
また、あるとき、背の高い和装の紳士と、やはり端然と着物を着て眼鏡をかけた女性が食事に訪れた。
2人は、若いカップルではないが、仲が良さそうで、恋人同志のような雰囲気を醸し出している。
「あの方は、とても有名な日本画家でね、この間も、東京からお客さんがみえたとき、こちらを紹介してくださったのよ」
受付の担当女性が言った。
「一緒にいるのは奥様?」
「そう。とても愛妻家みたい」
春乃が注文された飲み物をテーブルに運ぶと、日本画家はにっこり笑って
「ありがとう」
と言い、
眼鏡の女性はかすかにほほ笑んだ。
窓際のテーブルで、イチョウともみじがオレンジと黄色の模様を作っている。
白いクロスをかけたテーブルの上に、眼鏡の女性のほっそりした手が置かれており、日本画家の手が、その指先の上に置かれていた。
そうした中、この町に公演に訪れた歌劇団の一行が、メープルホテルに宿泊したことがあった。
玄関ホールには、2階へ上がる大きならせん階段がある。
歌劇団の有名なオペラ歌手など、華やかな人々が、その螺旋階段を上がってゆく様子は、春乃の思い出の中でも、ひと際鮮やかなものだった。
その頃は、この町には、まだホテルが少なくて、母のメープルホテルが小さいながらも、絶頂期だったと言えるだろう。
春乃の住んでいた家も、その頃建てられた洋館のひとつ。
山手の高台に、もとはオーストラリア人が建てた洋館だった。
戦争が噂されるようになったため、オーストラリア人はその屋敷を売って、本国へ戻ることになった。
貿易の仕事をしていた春乃の父がその家を買い取り、一家で住むようになった。
戦争が噂されるようになったため、オーストラリア人はその屋敷を売って、本国へ戻ることになった。
玄関を入ると吹き抜けになっていて、広いホールがあり、2階・3階へと続く大きな階段があった。
居間には暖炉があり、食堂も広く、10数人が座れるような。大きなテーブルなどが残されていて、天井が高かった。
間もなく、本当に戦争が始まった。
春乃が、その家の居間にあったピアノを弾いていると、その音が外に流れたのか、憲兵がやってきた。
玄関横の大きなもみじの木の下で、母と話している憲兵の姿を、春乃は2階から見ていた。
幸い憲兵は父の知り合いでもあり、穏やかな人で、こんな時なので・・・と、簡単な注意をし、ほっとしたという感じで、最後は母と世間話をして、帰って行ってくれた。
ピアノは、誰もうっかり弾いたり、触ったりしないように、上に白い布がかけられ、戦争が終わるまで、音を出すことはなかった。
春乃の父は、港町の岸壁に大きな倉庫を沢山持っていたが、それは軍の物資用に使用されていた。
終戦になって、間もなくのことだった。
「お母さんは、ここで、ホテルを始めようと思うの」
春乃の母が突然、その洋館で、ホテルを開業すると家族や周囲に告げた。
「建物は立派だし、食事の用意と、宿泊のお世話なら、わたしにも何とかできると思うし」
周囲の人々はびっくりした。
春乃の母親は、それまで家庭の主婦で、ホテルの経営を始めることなど、誰も予想していなかった。
もっとも、その頃父親は、戦争が始まってすぐ会社をたたみ、体調も崩しがちで、ひどく痩せていた。春乃も、兄・弟もまだ学生だった。母が、考えた末に、始めたことなのだろう。
この洋館には、ゲストルームも3室あったので、すぐにでも人を泊めることのできる施設だった。
当時、戦争未亡人になった女性たちが、母の周囲に何人もいた。
そのことも、母が女性ばかりでできる、宿泊業をはじめようと思ったきっかけになったようだ。
母はその人たちを雇い入れ、素人ながら、ホテルの運営を始めた。
色々な手続きは、父が手伝った。
庭に大きなもみじの木があったことから、母は自分のホテルを
「メープルホテル」
と名付けた。
初夏は、もみじの若葉が涼しい日陰を作り、晩秋には、紅葉したもみじの葉が絨毯のように緋色に庭を美しく埋め尽くした。
オーストラリア人の残していった、広いキッチンは、小さなホテルの立派な厨房になった。
備え付けられていた大きなオーブンで、毎日パンが焼かれ、ローストビーフやビーフシチューなど、当時の地方では珍しかった料理を、母親は作り、お客に供した。
宿泊客だけではなく、地元の人たちも、食事やお茶に訪れるようになった。
1階の玄関横の、天井の高い、大きな食堂と居間が、ゲストのために開放された。
もみじの木のある庭にも、ベンチやテーブルが置かれ、食事や宿泊に来た人々はそこでお茶の時間を楽しんだ。
春乃も手伝いで、庭のテーブルに紅茶を運ぶことがあった。
春乃の母が始めたメープルホテルには、色々な人達が訪れた。
春乃も、隣のS市にある女子大へ、通い始めている。
学校が休みの日には、テーブルに飲み物や料理を運んだりする手伝いをした。
春や秋の気持ちの良い季節には、もみじの葉影が、模様を織りなす庭のテーブルに珈琲やケーキを運ぶ。
そこで、人々は色々な話をしていた。
春乃にも、話しかけてくる人がいるし、顔なじみになる人もできた。
その日は、俳句の会の人たちが何人か座っていて、メープルホテルの自慢のアップルパイと紅茶を注文して、おしゃべりをしていた。
その中に、まだそれほど寒くもないのに、毛皮のストールにコート、帽子を被った女性がいて、春乃が行ったこともない大連のことを話しているのが聞こえた。
「私は父が軍人で、家族と大連に住んでいたの。
大連の、街路樹の続く、広いきれいな並木道。立派な建物があって。
子供だったけれど、あの景色は忘れられないわ。
私の原体験が、大連なのね。だから、今でも当時のことが忘れられなくて、こういう大連時代の洋服を着ているの。」
何度か見かけたことのある女性客で、その外見がいつも印象的だったが、その謎が解けた。
また、あるとき、背の高い和装の紳士と、やはり端然と着物を着て眼鏡をかけた女性が食事に訪れた。
2人は、若いカップルではないが、仲が良さそうで、恋人同志のような雰囲気を醸し出している。
「あの方は、とても有名な日本画家でね、この間も、東京からお客さんがみえたとき、こちらを紹介してくださったのよ」
受付の担当女性が言った。
「一緒にいるのは奥様?」
「そう。とても愛妻家みたい」
春乃が注文された飲み物をテーブルに運ぶと、日本画家はにっこり笑って
「ありがとう」
と言い、
眼鏡の女性はかすかにほほ笑んだ。
窓際のテーブルで、イチョウともみじがオレンジと黄色の模様を作っている。
白いクロスをかけたテーブルの上に、眼鏡の女性のほっそりした手が置かれており、日本画家の手が、その指先の上に置かれていた。
そうした中、この町に公演に訪れた歌劇団の一行が、メープルホテルに宿泊したことがあった。
玄関ホールには、2階へ上がる大きならせん階段がある。
歌劇団の有名なオペラ歌手など、華やかな人々が、その螺旋階段を上がってゆく様子は、春乃の思い出の中でも、ひと際鮮やかなものだった。
その頃は、この町には、まだホテルが少なくて、母のメープルホテルが小さいながらも、絶頂期だったと言えるだろう。
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