20 / 25
華やかな日々
憲兵に注意された、メープルホテルのサロンにあるピアノも、戦争が終わり、白い布を外され、演奏したい人は弾けるようになった。
時々、ちょっとした定例音楽会も開かれたりして、メープルホテルは賑やかになっていた。
春乃は、受付や、給仕の手伝いの他、そうした催しものをまとめる担当を母から頼まれていた。
ある日、春乃の父母とも知人である、海産物の卸会社の社長の家族が食事に訪れていた。
夫妻と、その母親だと思われる高齢の女性と、30歳手前くらいの男性だった。
「やっと、シベリアに抑留されていた長男が、戻ってきて、療養して元気になって。会社の仕事も主人から引き継げるようになったので、皆で久しぶりに食事に来ました」
「よかったですね、ほんとうに」
母が答えた。
「ただ、左手に少し後遺症が残っていますが」
その男性は言った。
春乃が、料理を運ぶと、
「こちらは春乃さん。このホテルのお嬢さんよ」
と、夫人は、横にいる息子らしきその男性に、春乃のことを紹介した。
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
その男の人は、少し痩せて、彫りの深い顔をしていて、そのせいか深い眼差しに見える目で、にっこり笑った。
彼らが帰るとき、春乃は、他の客同様に、その夫妻と男性にも、次の催しである音楽会の案内を渡して、
「ぜひいらしてください」
と言った。
「久しぶりだな。こういうの」
その男性は、早速申し込んでくれた。
芳名帳に、住所と名前も記入してもらう。
また、次の案内を送るための、お客様リストでもある。
それから、その人・・水島さんは、特別に仕事や用事がない限り、春乃が案内すると、来てくれるようになった。
水島さんは、春乃が挨拶をすると、いつも穏やかに、にっこり微笑んだ。
長い間娯楽のない時代が続いた後だったので、人々は、そうした催しを欲していることもあって、毎回盛況だった。
ただ、企画から開催までの期間が短かったり、内容によっては、集まりが少ないこともある。
ちょうどそんな折、今回参加してくれていた水島に、春乃は、翌月の案内を渡した。
「今日はありがとうございます。楽しんでいただけましたか?
あの、次のはどうでしょうか? ご家族の方もご一緒に」
「ああ、会社にも届いていましたね。次回はちょっと来れないかもしれません」
「・・・・・」
「・・・は? どうかしましたか?」
春乃のがっかりした気持ちが顔に出ていたらしく、水島が尋ねた。
「次回のは、来られる方が少なくて….」
春乃は、思わず本当のことを言ってしまった。
水島はククッと笑って言った。
「珍しく苦戦ですね。」
「僕は来れないけど、誰かにあげましょう。従業員にでも」
そして、4、5枚チケットを買ってくれた。
それからは、複数枚頼んでくれることも多くなった。
水島の姿がない時でも、会社の人達らしきグループが、楽しそうにやってきたり、水島家の家族の人たちが来たりしていた。
水島が、事務員の人や、祖母を同伴することもある。
春乃は、水島の心遣いに感謝していた。
水島は、春乃に、妹のように、微笑みかけてくれる。
そうした集まりでは、お互いに顔見知りの人々もいる。
水島も、復員してきて時が経つと、仕事もしているし、色々な人から声をかけられて、近況の話などしている様子だった。
そんな時、ある催しで、水島はドレスアップをした女性を伴い、二人で参加した。
食事付きだったので、二人は向かい合って席についていた。
あなたにおすすめの小説
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。