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第一章 フーバスタン帝国編
第10話 〈薬草採集!!〉
しおりを挟む俺とアンナは、お決まりの世界地図に盾と剣が象られた看板の冒険者ギルドに来ていた。
「どこも雰囲気変わらね~な」
冒険者ギルドに入り、酒を飲んで騒ぐ冒険者達の喧騒と、乱雑に貼られたクエストの依頼表を見て呟いた。
「でも、他のギルドに比べて冒険者が多い気がします」
なるほど、確かにそうかもしれない。
ここフーバスタン帝国は徴兵制があるから、徴兵の任期を終えそのまま冒険者になる者が多いのかも知れない。
冒険者でごった返すカウンター前を抜け、クエストが貼られるクエストボードを見渡す。
前回の事があるから依頼は慎重に選ばなくてはならない。
「おいアンナ……ランクどうする?」
「そうですね~。Cはまず無理でしょうね」
「だよなぁ。そもそもこのメンツで討伐クエストや狩猟クエストは無理かもしれん」
「……てことは……採集クエストですかね~?」
「そうなるよな」
採集クエストとは、依頼された薬草や珍しい植物、鉱石なんかを指定された数だけ納めるクエストだ。
指定された物以外でも、価値のある物は冒険者ギルドが買い取ってくれるし、自分で持ち帰ってもいい。
「これなんかどうですか?」
アンナが指輪差した依頼書を見る。
「薬草採集か……」
一番下の難易度のEランククエストの依頼である。
正直今までの俺たちなら、視界にすら入らないクエストだ。
この依頼を受注するのはS級冒険者として、さすがに気が引けるし恥ずかしい。
中身はE級もE級のペーペー冒険者なんだけど、魔王すら討伐した俺の冒険者としての矜持がそれを許さない。
「アッシュさん……大きな声では言えませんが、私達は多分ここにいる誰よりも弱いです。プライドとか言ってたら、何も受注出来ませんよ」
……確かにアンナの言う通りだな。
俺は格好ばかりを気にしていたみたいだ。
そう、ここは俺達の顔を知る者のいない国フーバスタン帝国!
冒険者カードの名前は偽装されてるし、職業も違うから正体がバレる心配はない。
イチから出直すんだ!
「ヨシ!」
俺は勢いよくEランククエスト『薬草採集』の依頼書を剥がす。
そのままの勢いで、受付の女性職員に冒険者カードと共に提出する。
勢いで冒険者カードと一緒に出したけど、今更ながら恥ずかしくなってきた。
S級冒険者がEランククエストを受注するなんて、通常なら絶対に有り得ない。
薬草なら買えばいいし、Eランククエストのやっすい成功報酬を稼ぐ必要もない。
「Eランクの薬草採集ですね~。新人さんのお手伝いですか?……アレ? お二人ともS級冒険者なんですね……お、お気をつけて~」
受付のお姉さんを困惑させてしまった。
しかしアンセムでもそうだったが、受付の職員は冒険者のランクしか見ないのか?
レベルを見たら薬草採集する理由も分かる気がするが……。
ひったくる様に冒険者カードを回収して、俺達は冒険者ギルドを足早に出た。
「ふう……なんか怪しまれたかな?」
「堂々としてれば大丈夫ですよ~。案外小心者ですよね~」
満面の笑みで何という毒を吐く女だ。
盗賊になって性格にも変化があるのだろうか……いや、アンナはこんなものだったな。
天使のような笑顔を振りまきながら、ごく稀に毒を吐く奴だった事を忘れていた。
「アレ?」
「どうした?」
「冒険者カードのレベル見てください」
「あん?」
レベルがどうしたというのか、どうせ1という数字が燦然と輝いているのだろう?
「あれ? レベルが2になってるじゃん!?」
「ですよね!? なんでだろう?」
考えられるとすれば、クエスト自体は失敗に終わったが、ファットモスとの死闘と、アンセムからの飛竜での移動中に怪鳥に襲われて何とか逃げ切った事で、レベルアップに必要な経験値を獲得したのだろう。
そうか……レベル1から2は、こんなにも簡単に上がるのか……そりゃその辺の町人でも俺達よりレベルが高いわけだ。
「レベルは2になりましたけど、ステータスやスキルには変化がないですね~」
「そりゃレベル1が2になった程度じゃな……細かい数字で見れるわけじゃないし、あくまでも自分のステータスのランク帯が判るだけだからな」
でもレベルアップした事自体は悪い気はしない。
一人で歩いていたのなら、ガラスに映る自分を見て、ご機嫌カーテシーをしてしまいかねない……危険だ。
「薬草が生えてる場所は……近くの森みたいですね。歩いて行きましょう」
アンナのくせに、もう気持ちを切り替えていやがる。
そして歩く事およそ30分、目的地のウルダースの森に着いた。
「薬草見て分かるか?」
辺りをキョロキョロと探して回るアンナに声を掛ける。
「流石に薬草は分かりますよ~」
俺はというと、すでに何株も薬草を見つけて袋に入れていた。
「簡単に集まりそうですね~」
「でも薬草だろ? 回復役いないから多目に採っておこうぜ」
この薬草が傷薬になる。
もしくは調合師か錬金術師に依頼すれば、この薬草から体力を回復させるポーションを作ってくれるはずだ。
俺とアンナは回復手段を持たないため、納品する分以上に薬草を採集しておくのだ。
正直ポーションなんか道具屋で買えばいいのだが、こうやって一から消費アイテムを作っていくのも冒険の醍醐味の一つだ。
「ふう……簡単に納品する分以上に採れましたね」
「多様な植物がたくさん生えている。いい森なんだろうな」
ガサガサ……ガサガサ……。
「シッ!」
俺は唇に人差し指を立て、アンナに静かにしろと合図する。
ガサガサ……ガサガサ……。
何かいるようだ。
採集クエストの依頼には魔物や動物の狩猟は含まれていない。
戦闘を回避して、薬草だけ持ち帰れば良いのだが、逃げるのはどんな魔物か確認してからでも遅くはない。
ちなみに魔物と動物の線引きは曖昧で、攻撃的だったりサイズが大きいものが魔物と呼ばれているが、それも絶対ではなく、同じ魔物でも国や地方では動物と言っている地域があったりと、その辺はかなり適当である。
静かに茂みを掻き分け覗いて見ると、そこにいたのは一頭のヘッドバットディアと呼ばれる鹿の魔物だった。
コイツはファットモスのように強くはないが、油断すると硬い頭で頭突きしてきて痛い地味に嫌な魔物だ。
「どうしますか?」
「やるに決まってるだろ」
俺とアンナは各自武器を構え隙を伺う。
初クエストではお互い転職していたのを知らなかったとは言え、苦い敗戦だった。
今回は是が非でも勝ちたい。
アンナと俺を妙な緊張感が包む。
「いまだ!」
俺の合図でアンナが飛び出す!
さすが盗賊、素早い動きだ。
「きえぇぇぇぇぇ!」
アンナが奇声を上げながら、オヤッサンの店で買った短剣をヘッドバットディアに振り下ろす。
さすがオヤッサンが鍛冶をして鍛えたミスリル製の短剣だ。
非力なアンナの細腕でも、ヘッドバットディアの薄皮一枚を切り裂き血が滲んだ。
ズドン!!
血を滲ませた事に油断したアンナに、ヘッドバットディアの代名詞とも言える頭突きがお見舞いされた。
「キャーーー!」
「アンナ!」
頭突きをされて尻餅を着いたアンナを心配するが、オヤッサンその2の店で買った黒竜のレザーメイルのおかげか大したダメージはなさそうだ。
このやろう……よくも俺の仲間を!
「そりゃあ! そい! ちぇあ! おりゃ!」
ゴンッ!! ガン! ズドン! バゴン!
で、出た~~~!
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俺の圧倒的手数に腹を立てたヘッドバットディアが、必殺の頭突きを俺に喰らわせようと頭を引いた。
だが俺はその瞬間に体を入れ替える。
そのせいで放たれた頭突きが、ちょうど立ち上がろうとしていたアンナに直撃した。
「いったーーーい!」
「アンナーー!」
アンナが派手に吹っ飛ばされてしまったが、茂みの奥から「大丈夫でーす」と元気な声が返ってきた。
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それよりもこのヤロー! 俺の大事な仲間を……許さん!
俺はスキル【みなぎる力】を使い、なけなしの魔力を膂力へと変換する。
「食らいやがれ! おりゃああぁぁぁ!」
ズダーーン!!
俺の渾身の一撃が見事ヘッドバットディアを気絶させた。
オヤッサンやったぜ!
このハンマーが遂にその名に恥じぬ活躍をしたぜ!
空を見上げると、親指を立てた笑顔のオヤッサンが見えた気がした。
そこへフラフラと帰ってきたアンナが、短剣で冷静にトドメを刺す。
「いや~何とかなったな。レベルも上がったんじゃね!?」
俺の言葉にアンナが何故か無言だ。
「どうした? 早く短剣しまえよ」
「……さっきワザと私の方に避けませんでした?」
「ん?」
「とぼけても無駄ですよ。ワザと私に頭突きさせましたよね!?」
「いや……隙を作ろうと思ってさ……アンナの鎧ならダメージ無さそうだったから」
「ダメージ無くても、痛いんですけど?」
「またまたぁ。当たったの胸だろ? 無駄に脂肪付いてるじゃん。ファットモスと同じで打撃は効かないだろ!?」
「刺し殺す!」
アンナが握りしめたミスリル製の短剣を振り回しながら追いかけて来た!
「ごめん冗談だって! さすがにミスリル製の短剣は危ないから! ギャーーー!!」
こうして俺たちの二回目のクエストは無事? 終了した。
【E】ランククエスト
『ウルダースの森にて薬草を20株採集』──成功
ヘッドバットディア──1頭討伐
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