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第一章 フーバスタン帝国編

第26話 〈引っ越し!!〉

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「あ、それはこっちにお願いします。それはあの桃色の髪に聞いて下さい」


 俺たちは今、引っ越しの真っ最中だ。
 引っ越しの業者や、購入した家具の搬入業者にテキパキと指示を出していく。

 先日、三人で不動産屋を巡り、帝都メストとその近郊にある物件を見て回ったのだが、最後に内覧をしたメストの高台にある一軒家を、アンナとミレーヌが気に入って、その場でその家に決めたのだった。

 ちなみにその家の間取りは6LDKとそこまで部屋数が多いわけではないが、三人で済むには充分な広さであり、一部屋一部屋はゆったりと広く作られている。
 バスルームが広く作られているのも高得点だ。


 そして、高台にあるため庭に竜舎を作れる事も決め手の一つとなった。
 街中では公共の竜着場を利用しないといけないのだが、この家は高台にあるため庭で飛竜の発着陸をしていいらしいのだ。

 この物件は庭がかなり広く作られていたため、庭の一画に竜舎を作った。


 ただネックだったのが、この物件は賃貸ではなく購入が前提の中古物件だったのだ。
 話し合った結果、ここをフーバスタン帝国に居る間の拠点とする事にして三人で金を出し合い購入する事になったのである。

 そしてリフォームと竜舎が完成したので、今日引っ越す事になったのだ。


「ほらね、この赤いソファがよく合うわ」

 そう言ったのはミレーヌだ。
 購入が決まってから、今日の引っ越しまでの間にミレーヌとアンナには散々家具屋などに付き合わされた。
 この赤いソファもミレーヌがどうしても、これが良いと言って聞かなかったので、ミレーヌが金を出す事を条件でアンナがこれに決定した。


「ダイニングテーブルもなんだかんだで、ミレーヌちゃんが推してたやつにして良かったです~」

 こう話すのはアンナだ。
 ミレーヌとダイニングテーブルをどっちにするか揉めていたが、ダイニングテーブルも、ミレーヌが金を出す条件でミレーヌが推していた方にアンナが決定した。

 ……あれ? なんだかんだで、共有スペースの物は、ほとんどミレーヌが金出して買ってないか?
 そのほとんどが、アンナとどれにするか揉めた上で、ミレーヌが金を出す事を条件にアンナが自分の意見を引っ込めて決定していた気がする……。

 アンナ……【聖女】とまで呼ばれたのに怖い女である。


「荷物はほとんど運び終わったし、俺はそろそろパージ連れてくるよ」

「私はもう少し荷ほどきしてからにします~」

「私は明日でいいわ。あ、クッキーが暇そうだから連れて行ってくれる?」

「……別に構わんけど……クッキー! 散歩行くぞ」

 俺が呼ぶとクッキーが尻尾をブンブン振りながら走って来る。
 クエスト中じゃないから別に構わないのだけど、テイムモンスターが自分と別行動している事を、ミレーヌは魔獣使いテイマーとして何も思わないのだろうか?

 俺はそんな疑問を感じながら、クッキーと一緒に家を出て高台を下っていく。


 購入した家は見晴らしの良い高台にあり、そのロケーションや商店街などへのアクセスも悪くはないのだが、冒険者ギルドが遠くなった事が唯一の残念なところだ。
 それだけ利便性のいい宿に今まで逗留していたと言う事なのだが。


 新居にささやかな不満を抱きながら、竜着場に向かい歩いていると、町人達の噂話が耳に入ってきた。

(また近くで魔王軍残党が目撃されたらしいぞ)
(近くってどこだ?)
(勇者パーティーは何をやっているんだ!?)
(勇者パーティーは有名な敵がいるとこにしか行かないさ)
大陸同盟ジャスティスの英雄達に手柄を取られて焦ってるって噂だからな)
(ならその英雄達は何してんだ!)
(アイツらは引退したってもっぱらの噂だぜ)
(無責任すぎやしないか!?)
(どのみち大陸同盟ジャスティスに加盟していないフーバスタン帝国には来ないさ)

 ……魔王軍残党が出て不安になるのはわかるが、ずいぶん勝手な事を言いやがる。
 勇者パーティーだって国を思い、人々のために全力で戦っているはずだ。

 俺達だってそうだった。
 そして俺たちは充分過ぎる程の犠牲を払って、やっとのことで魔王を倒したんだ。
 だから、残りの人生は好きに生きてもいいだろう?
 他の事は誰かに任せたっていいだろう?
 それとも俺達や勇者には、自由を楽しむ事は許されないのか?

 どのみち俺達にはもう力が無いから、どうにもならないのだけど……。


 町人達の噂話のせいで、せっかくの新居への引っ越しで弾んだ心が萎んでしまった。
 こういう時は、パージに乗って空を飛ぶに限る。
 俺は竜着場へと急いだ。


 竜着場に来ると、愛飛竜のパージが嬉しそうに鳴く。

「クルル~」

 摺り寄せてくる頭をギュッと抱きしめ、噂話で苛立ってしまった心を落ち着かせる。
 ふと横に目をやると、アンナの飛竜レイムズとミレーヌの飛竜ブーも撫でて欲しそうだ。

 一頻り撫でてやっている時、妙案が浮かぶ。


「よし」

 俺はパージを繋いでいた紐を解くと、レイムズとブーの紐も解いた。
 本来、飛竜はとても賢いため主人以外の人間の言う事は聞かない。
 関係のない人間が紐を解いても知らん顔だ。
 だが俺はレイムズやブーとは長く共に旅をしていた事もあり、何度もその背に乗ったことがあった。
 なので二頭の飛竜が、俺の言うことを聞く確信があったのだ。

 クッキーと共にパージに乗り込む。
 そしてレイムズとブーにも命令した。


「いくぞレイムズ、ブー。新居でアンナとミレーヌが待ってる」

 そう言ってパージを空へと飛び立たせると、レイムズとブーもパージに続いて空へと飛び上がった。

「ようし。このまま新居まで編隊飛行だ!」

「「「クーー!!」」」

 俺はくすんだ心を晴らすかのように、帝都メストの空を高く高く飛び、地平線に沈んでゆく太陽に心を洗われてから新居に向かった。




「あ、きたきた。おーいアッシュさーん! レイムズ達も連れてきてくれたんですね~!!」


 新居の庭でアンナが大きく手を振っている。

 アンナの横に着地するとレイムズがすぐさまアンナに擦り寄って行く。

「もう荷ほどきはいいのか?」

「ボチボチですけど、一気にやってもしんどいんで~」

「ミレーヌは?」

「ミレーヌちゃんは、自分の部屋で荷物と格闘していますよ~」

 部屋いっぱいに荷物を広げて収拾がつかなくなっているのが、容易に想像出来る。


「ったくアイツは……片付けもちゃんと出来ないのかよ?」

 俺が呆れた顔をしていると、アンナがそうじゃないと否定する。


「違いますよ、アッシュさん。ミレーヌちゃんはとにかく荷物が多いんですよ。さすが貴族の御令嬢です。アッシュさんはミレーヌちゃんを悪く言い過ぎですよ? 四人で冒険してた頃は食べ方以外マトモだったじゃないですか!?」

 アンナに言われて昔を思い出してみるが、そうだったっけ? てのが、正直な感想だ。


「どうせ今日中に全部片付けるのは無理なんだし、ミレーヌ呼んで飯食いに行こうぜ。少し飲みたい気分だしな」

「いいですね~。引っ越し祝いと行きましょう~!! でも、アッシュさんが飲みたいなんて珍しいですね~?」

「まあ……たまにはな」

 俺は町人達の噂話で嫌な気分になったのをリセットしたかった。


「おーいミレーヌー! 引っ越し祝いに飲みに行くぞー!!」

 返事がない。

「ミレーヌちゃーん! 降りてきてくださーい!」

 またも返事がない。

「ったく何やってんだアイツは。おーい! ミレーヌー!!」

 返事がない……ただのしかばねのようだ。

「私ちょっと見てきますね」



 しばらくクッキーや飛竜達と遊んで待っていると、アンナに連れられてミレーヌも下りてきた。

「ミレーヌちゃん荷物に囲まれて寝てました」

「……あのなぁ」

「仕方ないでしょ!? 昨日遅くまで荷造りしてたんだから!」

「宿に泊まってたのに、なんで荷造りにそんなに時間が掛かるんだよ? それに前々から引っ越しは今日だって分かってただろ? 準備をしておかないお前が悪い」

「本当にうるさい男ね。私はアンタと違って荷物が多いのよ! 女の子だからね!」

「同じ女の子のアンナはお前と違って準備万端だったけどな!」

「私を喧嘩に巻き込まないでくださいよ~」


 このミレーヌとの喧嘩で少しだけ嫌な気持ちが晴れた俺は、このあとの引っ越し祝いで、久しぶりに気持ちよく酔えたのだった。
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