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第一章 フーバスタン帝国編
第35話 〈捕獲!!〉
しおりを挟むウイジン湿原でのマッドデーモン捕獲作戦が始まっていた。
捕獲作戦といっても、まずは発見するところから始めなくてはならない。ならないのだが湿原というだけあって、ぬかるみにはまらずに歩ける場所が少なく、移動するだけで体力を大幅に削られてしまう。
はあっ、はあっ、はあっ……──こんなペースで歩いてて、本当にマッドデーモンを発見できるのかね……よしんば発見出来たとしても、追いつけないんじゃないのか?
「アッシュさーん、私疲れちゃいました~」
俺もだよ。
「少し休憩しませんか~?」
歩き出したばっかだけどな。
「辛いならアンナは休んでなさい。だいたいこの程度のぬかるみも歩けなくて、よく冒険者が名乗れるわね?」
ミレーヌは俺とアンナとは違って、一人だけぬかるみを物ともせずにスイスイと歩いて行く。
さすが力のパラメータがSSなだけはある。
「俺達はオマエと違って力のパラメータを引き継いでないんだよ! ゴリラより力があるオマエと一緒にしないでくれ」
「ちょっと! レディーに向かってゴリラとは何事!?」
だいぶ先を進んでいたミレーヌが、俺の言葉に反応してスゴイ勢いで戻ってくるが、ゴリラじゃないぞ? ゴリラ以上だと言ったんだぞ?
「本当にだらしないわね」
ミレーヌよ、アンナにはそう言ってやるな。
この冷たい湿原を、オマエのクッキーを抱いて歩いてくれてるんだからな!
「しっかし本当にこの湿原にいるのかね~!?」
「目撃情報が多いってだけで、絶対いるっていう保証なんかないわ」
「……もうその辺にいる魔物でよくないか?」
俺はこれは以上この冷たいぬかるみの中を強行軍したくなく、他の魔物で手を打ってもらえないか提案する。
「ダメよ! そんなんだったら、こんな遠くの湿原にまで来てないわよ」
「……だよね~……」
「でもこの湿原って、あの"勇者"が駆け出しの頃にレベル上げしてた場所なんですよね~?」
「そうらしいわね」
「へー……ここがアイツのねぇ……て事はこの近くの町か村の出身てことか」
その情報を知ってから見るウイジン湿原はまた違って見えた。
幼き日の勇者が、安物の剣を持って魔物を追いかけ回していた光景がなんとなく想像出来る。
……うん? 普通に聞き流したが、勇者が駆け出しのころにレベル上げをしていた場所だと?
「そんな場所にAランクの魔物が出るわけねーだろ!」
いくら勇者が小さい頃から強くても、さすがにAランクの魔物が出現するような場所でレベル上げはしないだろう。
「だってベティが言ってたんだもん!」
そうか……だからベティは俺に手を合わせて謝っていたのか。
マッドデーモンの情報の真偽はともかく、ミレーヌに押し切られて風聞程度の情報を教えてしまったのだろう。
「でもどれだけ探してもいないと思うぜ?」
「私はブーツに水入っちゃって、腰まで冷えてきちゃいましたよ……」
「……でも、いるかもしれないじゃない……」
俺とアンナの意見に、ミレーヌはどうしてもマッドデーモンを諦められず伏し目になる。
「このまま濡れたままだとさすがに風邪ひいちまうぞ。もうその辺の適当な魔物で手を打っとけよ」
「ヤダ! 違う魔物にするなら、せめて可愛いやつじゃないとヤダ!」
「わがまま言わないで下さいよ~。可愛いのならクッキーがいるじゃないですか~?」
そこまで言われてもミレーヌは納得出来ないらしい。
「だいたい魔物自体全然いないじゃない!」
ならもう帰っても良いのではないのか?
「でも確かに全く見かけないですよね~?」
「……言われてみれば、そうかもな」
勇者がレベル上げをしていた場所だと言うことは、本来なら魔物の数は少なくはないはず。
それなのに全く魔物がいない……そんな時の原因はだいたい三つに分かれる。
①この湿原自体が魔物が住める環境ではなくなってしまった。
②勇者(冒険者など)が魔物を全滅させた。
③力のある魔物が住み着いて、他の魔物は土地を追われた。
大体がこの三つのどれかに当てはまる。
今回のウイジン湿原を当て嵌めて考えてみる。
①は俺達がなんの問題もなく探索している時点で当てはまらない。
②の可能性はなくはないが、勇者がここで活動していたのは随分と前だろう。
それなのにまだ魔物が一体も流れて来ていないのは不自然だ。
となると、可能性が高いのは③になるのだが、マッドデーモンが住み着いたくらいで、他の魔物が逃げ出すだろうか?
俺がそんな事を考えていた時だった。
「マオ、マオ。マオ、マオ」
何かが変な鳴き声を上げながら体当たりしてきていた。
「え? スライム!? 全然近くにいるの気づかなかった」
スライムは湿原や湿地帯ではよく出現する魔物だ。
大型のスライムは非常に危険だが、小型のスライムならば駆け出しの冒険者のレベル上げには格好の標的だ。
「マオ、マオ」
それにしても変な鳴き声だな。
ていうか、スライムって鳴いたっけか?
このゼリー状の身体のどこに発声器官があるというのか。
俺は執拗に体当たりをしてくるスライムを倒すため、星屑ハンマーを握り振り上げた。
「ダメーーーー!!」
スライムを潰す寸前でミレーヌ体を張ってが止めに入ってきた。
「なんで止めるんだよ?」
ミレーヌは胸の前で手をワキワキさせ、モジモジしながら答える。
「だって……可愛いじゃない……」
あ、そう。
「ならミレーヌちゃん。そのスライムを捕獲してみてはどうですか~?」
アンナの提案にミレーヌは首を横に振る。
「可愛いけど、スライムなんてテイムしても役に立たないわ」
まあ、ペットショップで売ってる小型の狼も役に立たないけどな!
「何言ってんだよ!? 潰そうとした俺が言うのもアレだが、大型に育てば強いし、何よりオマエがパラパラと落とす飯の食いカス食べて掃除してくれるじゃん」
俺はミレーヌの足元で落ちてきた食べカスを、綺麗に食べて掃除するスライムを想像する。
……うむ、実にミレーヌにピッタリの魔物である。
「アッシュさん、このスライム何だか変わってません? 鳴くのもですけど、こんなに執拗に体当たりしますかね~? スライムって割とすぐ逃げるイメージなんですけど……」
確かにアンナの言う通りかもしれない。
小型のスライムなんかは、魔物の中でも最弱に近いので、力に差があり敵わないと悟るとすぐに逃げ出すのである。
「マオ、マオ。マオ、マオ。」
ポヨヨン、ポヨヨン。僕は悪いスライムじゃないよなんて言葉が聞こえてきそうだ。
そんなスライムが、小さな身体を目一杯使って健気に体当たりを繰り返している。
「まだ酸を飛ばしたりも出来ないんだな。紫色のスライムなんて見た事ないし、突然変異とかのレアモンスターかもよ?」
「……そ、そうかな?」
よしあと一押しだ、ここはプッシュするところだぞアンナ!
俺の意図をアイコンタクトで汲んだアンナが続く。
「そうですよ~。このサイズなら肩にも乗りますし、冬が来ちゃったらスライムは捕獲出来なくなっちゃいますよ!」
「そ、そうよね」
ナイスだアンナ。
アンナの言う通り、冬の気温が氷点下になるような土地では、スライムは冬になると一斉に姿を消す。
なぜなら、水分量の多い体が凍って動けなくなってしまわないように、洞窟などで冬籠りするか暖かい場所に避難するからだ。
「喋るスライムを連れてる魔獣使いなんて聞いた事もないね、俺は」
「私もですよ~」
「そ、そうよね。私この子テイムするわ。捕獲するには……まず弱らせるんだったわね?」
正解だミレーヌ。
だがスライムなどの雑魚モンスターは、弱らせなくても捕獲出来るんだぜ。
「じゃあ行くわよ? スキル【捕獲】!」
大袈裟にスキルなんて言ってエフェクトを発動させているが、簡単に喋るスライムを捕まえる事ができた。
「やった……やったわ!」
「マオ! マオ!」
「やりましたねミレーヌちゃん!」
「あとは家に連れて帰ってテイム訓練だな。そうと決まれば早く帰ろうぜ。俺も腰まで冷えてきた」
「そうね、帰りましょうか」
俺達はこうしてウイジン湿原での、ミレーヌの新テイムモンスターの捕獲を無事に成功させたのだが、当のスライムは飛竜で移動している間も、延々とミレーヌに体当たりを繰り返していた。
そう言えばウイジン湿原に捕獲したスライム以外のモンスターがいない理由は、結局分からなかったな。
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