いま、ひとたび

あすがの

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邂逅

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 これは、一つの罰なのだろうか。
 烏崎に出会った日から、秋はそんな事を思っていた。
 愛する人を、世に思い留まらせることもできずに、そして殆ど理解をしてやれずに死なせてしまった者への、罰なのではないかと。
『そなたの想う、”真隆”でありたかった』
 死の間際に、真隆はそう言った。
 いつからか、光秋が想いを示す度、真隆をどんどん追い詰めていたのかもしれない。その姿が、気概が、立ち振る舞いが。力を磨く手が、顔が、身体が、全てが。好きなのだと、何度も伝えていた。
 しかし、その”全て”の中に、真隆の心、真隆という人間は、果たして入っていただろうか。
 先陣をきって駆けていたその人が、次の瞬間にはとても弱りきって、当時からは考えられぬほどに歩めなくなる。
 ひと時だけそうなる訳ではなく、この先もずっと弱りきったままであったなら。
 その時、以前の真隆を知る光秋は、それでもはっきりと、そのままで良いから居てくれと、生きていてくれと、そう言えただろうか。
 真隆は、戦であったからそうなったのではない。守ってきた城が焼かれてしまったから、そうなったのではなかった。
 戦が起こる前からひたすら、かかげられてきた己の像と、戦い続けてきていたのだ。
 助けてほしい。支えてほしい、と、そう言うこともできずに。
 人間は結局、言われなければ分からないとしても、今振り返って見れば、真隆にはその兆候がいくつもあったように思われた。
『光秋……すまぬ、眠れなくてな。共に眠ってくれぬか』
『そなたは、武芸をする私が好きか、光秋』
『どうか、私の傍に、これからも居てくれ……光秋』
『離れないでくれ』
(失わなければ、分からなかったなんて)
 真隆の言葉と、たった独りでいるかのような表情をしていたことを、この今となってから思い返したことに、秋はまた、苦しさを覚えるのだった。


「いいかー、体験入部は一週間だ。その間、一日ずつ気になる部活に行ってみるもよし、一週間ずっと一つの部だけ体験してみるもよし。長くやりたいと思う部活が決まったら、この期日までに入部届を提出するんだぞ」
 烏崎に出逢ってから数日後。
 五月に入り、体験入部の期間が始まった。
 秋は体験入部についてのプリントを眺めるも、ため息をついて机の上に手放す。目に留まったのは、剣道や弓道だったが、別段幼い頃からやってきたとか、中学からやってきた訳ではなかった。おそらく光秋の記憶がある事が大きかったが、今の自分は秋の身体なのだから、小姓時代のように、機敏に動ける気もしなければ、力もある気はしなかった。
(さね……烏崎先輩、は、部活に入っているんだろうか)
 その名を内心で呼びそうになって、切り替えるように目を閉じながら、秋はそう思った。
 背も高く体躯も良い烏崎なら、きっと運動神経も良いのだろうし、運動部に入っていそうだ。
 さらに剣道や弓道をやろうものなら、誰よりも様になることだろう。
(……だめだ。考えるな、そういうことは)
 烏崎にまで、勝手に自分の想像を当てはめている。秋は自分を律するように、小さく首を横に振って、プリントをもう一度手に取った。そして、文化系の部活の一覧を、目と指で辿った。
 そこで止まったのが、美術部だった。
 秋は特に、美術の成績が特別良い訳ではない。中学時代には、五評価の中で三をもらっていた。つまり、可もなく不可もないということだ。所見には期間内に作品を完成させることができればもっと良い、と記されていた。
(そうは言っても、時間が足りないっていうのに)
 たとえ二時間ほどあったとしても、創作するための時間としたら、秋には全く足りなかった。
 それに、何かを磨くのには時間をかけるのだと言われながら、この時間内に完成まで持って行けと言われるのは、どうにも腑に落ちないのだ。
(コンクールとかには出なくてもいいから、制限もなく、下手でも好きに描いていられそうなら……)
 秋はそう思い、美術部への体験入部を決めた。
 授業を終え、放課後となってから、真っ直ぐに美術室へと向かおうとしたが、他の部活の勧誘に出くわして、少し時間が経ってしまった。特に何時から必ず活動すること、と厳粛に決まっている訳ではないが、最初から活動の様子を見られなかったのは手痛かった。
 秋は自分ですることもそうだが、人が作っていたり描いたりしたものを見るのも好きだった。自分には出せない色や描き方、作り方をしているのを見る瞬間は、楽しいと感じるのだ。
 小走りで美術室に向かうと、中には四人ほど人が居た。そのうちの男女の二人は自分と同じ新入生で、何やらスケッチをしていた。そこに二人の女子の先輩がつきながら、各々絵を描いているようだった。
「お、体験入部の子かな?」
 そろそろと入った秋を見つけた一人の先輩が声をかけてくる。秋は軽く会釈をした。
「はい。あの、この時間からでも大丈夫ですか」
「うん、大丈夫だよー。座って座って」
 柔らかい笑顔の女子の先輩に手招きされ、秋はもう一度軽く会釈をすると、四人の近くの椅子に座った。
「私は花月鈴はなづきりん。こっちのもう一人の先輩が……」
陽永侑ひながゆう。よろしく。と……先輩、あともう二人いるんだよね」
「あと二人……?」
 秋は陽永の言葉に美術室の中を見渡すも、人影はどこにも見当たらない。
「ええとね、一人は掛け持ちしてる女子で、今は別の部活に行ってるの。また紹介するね。もう一人は男子で……」
 花月は苦笑気味にそう説明すると、持っていたパレットを机に置き、美術室の奥の長机の下に向かって手を叩いた。
「”烏崎からすざき”くん! 起きてー!」
「!!」
 秋は、その名前を聞いた瞬間に目を見開いた。そして長机の下の方を、すぐに食い入るように見つめてしまう。
「んん……はい、何すか、花月先輩……」
 やがて長机がズズッと動かされ、その間からふらりと、縦に人の上半身が生え出てくる。それは同姓の別人でもなく、紛れもない烏崎、その人だった。
「何すか、じゃなーい! 今日は体験入部の日! 前から言ってあったでしょー!」
 花月先輩が怒りながら、烏崎の頭に容赦なく手刀を落とす。「ぐおっ」と呻き声を出した烏崎に、秋は思わずびくっと反応してしまった。
(だ……大丈夫かな)
 痛そうに頭を抱える烏崎の姿に、秋は光秋の心が残っているからか、はらはらとした気持ちになってしまう。
「いってて……」
「ほら、ちゃんと起きて、自己紹介する!」
 花月に言われ、頭を押さえつつ、長机からのろのろと出て起きてきた烏崎は、薄目を開けて秋達の方を見た。
「——あ」
 その瞳が、秋を見つけた瞬間に見開かれる。
 秋はどきりとして、一度視線をそらしつつも姿勢を正した。
「あー……えっと、二年の、烏崎真隆だ。よろしく」
 名前を聞いた瞬間、秋は瞠目するも目を閉じる。
(良かった。似てはいても……違う、名前だ)
 そう思っていたが、この時の秋は、真隆の字がそのまま、同じ字であることを知らなかった。

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