19 / 51
第二章
おしえて御影先生!
◯
翌日。
十一月のスタートとともに新しい部署へと異動した栗丘は、まず手始めに、御影によるあやかし講座を受けることになった。
「名付けて、『おしえて御影先生! 馬鹿でもわかるカンタンあやかし講座』。始まり始まりー」
警視庁舎の会議室。ホワイトボードの前に立つ御影は、パチパチパチと自ら拍手して講座の開始を宣言する。
そんな彼の前で大人しく席に着いているスーツ姿の栗丘は、若干戸惑いながらも控えめな拍手を送る。
さらにその隣に座る絢永は「なんで僕まで付き合わなきゃいけないんだ……」などとブツブツ言っている。
「というわけで。あやかしの性質については昨日の店で話した通りだけど。今日はあやかしの『種類』について説明するね」
「あやかしの、種類?」
栗丘がおうむ返しに聞くと、御影はうんうんと満足そうに頷く。
「あやかしも人間の犯罪者や害獣と同じで、その害悪さにレベルがあってね。そのレベルによって、あやかしは二つの種類に分けられると我々は考えている。言ってしまえば、放っておいてもいいレベルか、そうでないレベルかってこと」
「えっ。人間の犯罪者でも、放っておいていいレベルってあるんですか?」
さっそく話の腰を折る栗丘に、絢永は鬱陶しそうに眼鏡の奥から苛立ちの視線を送る。
「まあ、厳密にはどんな軽犯罪も無視していいわけじゃないんだけどね。たとえばほら、幼い子どもが『バカ』とか『アホ』とか言ってても、侮辱罪だなんて目くじらを立てる大人はそうそういないだろう? そういうレベルだと思ってくれればいいよ」
説明を聞きながら、そういえばこの講座自体にも『馬鹿』という悪口が入っていたな、と栗丘は他人事のように考える。
「あやかしは自分たちの姿が見えないのをいいことに、こっそりと人間に噛みついてその血を啜る。正直、たまに見かける小動物程度の大きさのあやかしなら、別に放っておいてもいいと私は考えている。特に有害な菌や毒を持っているわけじゃないし、傷口も大して気にならない程度だし、実際に栗丘くんだって、あの白いふわふわのことは可愛がっているわけだしね」
そんな御影の言葉に応えるようにして、栗丘の胸ポケットに入っていたキュー太郎は「キュッ!」と一声鳴いて顔を出す。
「ひ弱なあやかしは、我々のような霊視能力のある人間が触れればたちまち消えてしまうくらいの儚い存在だからね。わざわざ囮捜査までして誘き寄せる必要はないと思う。だから我々が相手にするのは、もっと高等で強力で、甚大な被害が予想されるあやかしなんだよ」
言いながら、御影は手元に用意していたパワーポイントを起動させ、部屋の照明を消す。
直後、ホワイトボードに映し出された画像を見て栗丘は絶句した。
そこに映し出されていたのは、あきらかに人の死体だった。
自宅のリビングのような場所で、成人と思しき男性がうつ伏せに倒れている。衣服はズタズタに引き裂かれ、その隙間から覗く皮膚は変色して老木のようになっている。
辺り一面にはあちこちに血の迸った痕があり、男性が何かから逃げ惑いながら絶命した様がありありと想像できた。
「一見、熊か何かに襲われたように見えるんだけどね。実際はこの男性の奥さんに取り憑いていたあやかしの仕業だよ。男性は常日頃から不倫を繰り返していたようでね。奥さんもそれに気づいていたみたいだから、きっとその恨みの心に付け入られたんだと思う。まあ、夫婦間の恨みごとなんてそれだけじゃなかったかもしれないけどね」
「そんな……。あやかしに憑かれた人は、こんな残酷なことまでするんですか?」
わなわなと唇を震わせながら栗丘が問うと、御影は相変わらずの調子で淡々と答える。
「死体が残るならまだマシな方だよ。あやかしの中には、人間を丸呑みにしちゃうような奴もいてね。そういう場合、被害者は失踪扱いのまま事件は迷宮入りしちゃうから困るんだよ。まあどちらにせよ、あやかしの存在を一般人の前で証明できない以上、人が死んでからでは事件の解決には辿り着けない。だからこそ、我々は死人が出る前に動く必要がある。そのためには囮捜査で誘き寄せるのが最も効果的というわけさ」
栗丘は自らが囮になることの危険性について改めて自覚した。
最悪の場合、この男性のように全身をズタズタに引き裂かれて惨殺される可能性もある。
「怖気づいたかい?」
御影が聞いて、隣からは絢永が静かに視線を寄越す。
「いえ……。大丈夫です」
正直なところ、全く怖くないと言えば嘘になる。
けれど、どんな危険を冒してでも、栗丘はあの事件のことが知りたかった。
(父さんも、母さんも、あやかしに殺されたかもしれないんだ)
二十年前に両親が巻き込まれたあの事件。
御影が知っているというその真相。
育ての親である祖母でさえ、その真実を語ることは一度もなかった。
(それに、父さんは……)
二十年前。
爆発の起きた現場から見つかった複数の遺体。変わり果てた母の姿は、まだ幼かった栗丘の目に直に触れさせられることはなかった。
そして、同じく爆発に巻き込まれて死んだといわれている父の遺体は、二十年経った今でもまだ見つかっていない。
あなたにおすすめの小説
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
旧題:迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜
やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。
※2025/10/14 書籍化しました。
※2025/2/28 第8回キャラ文芸大賞〈ご当地賞〉を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
*あらすじ*
あやかしが見える女子高校生の桜は、京都に引っ越して早々、迷子の幼いあやかしを保護する。
そのあやかしに導かれ、京都先斗町で出会ったのは、猫神様と呼ばれる超美形の神だった!?
現世に迷い込んだあやかしの案内人をしている猫神様は、なぜか桜のことを古くから知っている様子で……
そんな彼の作る美味しい料理やその温かな人柄に惹かれて、桜は迷えるあやかしを見つける度、彼のもとを訪れるようになる――
幼いあやかし達の未練を晴らすため、少女と猫の神は京都の街を奔走する!
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。