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第二章
狙うは心臓か脳天
「頼むぞ、絢永!」
「言われなくても!」
互いの距離を詰めながら声を掛け合う。
栗丘の進む先で、絢永はこちら向きに銃を構えて立っていた。
白い二本の腕は変わらず栗丘の背中を追ってくる。絢永は照準を絞るが、標的はこちらを撹乱するようにぐるぐると不可解な動きを見せる。
一発でも当たればとりあえずは動きを止められるかもしれない。
だが、
「……だめです! センパイ、避けてください!」
「はあっ!?」
突然の無茶ぶりに、栗丘は素っ頓狂な声を上げる。足を止めずに肩越しに振り返ると、二本の腕はすぐ後ろまで迫っていた。
このままではやられる。
仕方ない、と栗丘は脇の手すりへ手を伸ばすと、そのまま身を翻して手すりの外側へと大きく乗り出した。
「ちょっ、あんた何やって……!?」
遠くからマツリカの驚く声が届く。
ここは五階である。手すりの外には何もなく、地上まで落ちれば助かる見込みはない。
だが、栗丘は手すりを掴んだ手を軸にして、くるりと体を半回転させながらすぐ下の階へと着地する。
その滑らかな身のこなしに、マツリカだけでなく絢永も思わず目を見張る。
やがて標的を見失った二本の腕は勢いのまま絢永の眼前へと迫る。絢永は一旦体勢を立て直すため、背後にある非常階段から下へ向かった。
静かになった廊下に一人残されたマツリカは、床にへたり込んだまま小さく呟く。
「……なに今の、身軽すぎ。猿じゃん」
先に四階へ降りていた栗丘は、遅れて階段でやってきた絢永の姿を見てほっと息を吐く。
そのまま笑いかけようとしたところで、さらに後ろから追ってきた白い腕に気づいてギョッとした。
「っておい、まだ仕留めてないのかよ!?」
「つべこべ言わず走ってください!」
栗丘は絢永の到着を待って再び走り出し、二人は肩を並べて逃亡を続ける。
「おい絢永。なんで撃たないんだよ。前みたいに一発バーンとやってくれよ!」
「急所が見当たりません。この銃の弾は特別な手法で作られていて、量産できないものですから無駄撃ちはできません。撃つ時は相手の急所を狙って、一撃で仕留めないと」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ……」
やがて廊下の反対側までやってきた二人は再び非常階段で下の階へと降りる。頑なに銃を使おうとしない絢永に、栗丘は次第に焦りを募らせる。
「じゃ、じゃあさ。あやかしの急所ってどこになるんだよ。それさえ見つければ撃てるってことだろ?」
「脳天か心臓……どちらかを撃ち抜けば絶命するはずです」
「頭か胸ってことか。……あいつ、腕しかないじゃねーか!」
「だから困ってるんですよ!!」
白い二本の腕は手首がどこまでも長く、その先にあるはずの体はどこにも見当たらない。
「あのあやかしは、おそらく『手長』。腕は無限には伸びません。このまま僕らが引きつけ続ければ、いずれはあの部屋から胴体も出てくるはずです」
「手長? 名前そのまんまだな。とにかく、このまま走ればいいってことか!」
胴体さえ引きずり出せば、あとはこっちのものだ。しかし、走り続ける二人はすでに二階の廊下まで到達していた。
「まだか!? このままだと地上に出ちまうぞ!」
「民間人を巻き込むわけにはいきません。ここの敷地を出るまでに、なんとかして仕留めないと……!」
すでに息が上がっている絢永の横顔を、栗丘はちらりと盗み見る。
珍しく焦っている様子だった。胸元で銃を握っている右手もわずかに震えている。
「絢永……」
まだ若い、警察に入って間もない新人のくせに、ここまで責任の重い仕事を任されるなんて——と、栗丘は思わずその胸中に同情した。
そして、
「絢永、大丈夫だ! お前ならできる!」
いきなり声を張り上げたことで、隣の絢永は反射的に肩を跳ねさせた。
「何を急に適当なこと言い出すんですか」
「心配しなくていい。焦らず集中してやれば、お前は必ずあのあやかしを倒せる!」
一点の曇りもない瞳で栗丘が言うと、半ば呆気に取られていた絢永は苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らす。
「何の保証もなしに、無責任なことを言わないでください。民間人を巻き込んだら、ただでは済まないんですよ。最悪の場合、死者も出るかもしれない。その事の重大さがわかっていますか?」
絢永の言葉を聞く限り、彼はやはり民間人に被害が出ることを恐れ、その責任の重圧に押し潰されそうになっている。
だからこそ、栗丘はあえて軽い調子で彼に言い聞かせる。
「無責任でも何でも、できるもんはできるんだよ! 『できない』なんて言ってるうちは絶対にできないんだ。でもお前なら大丈夫! 俺が保証する!」
「なんですかそれ……」
あまりにもしつこい栗丘の激励に、さすがの絢永もわずかに笑みを漏らす。
と、そんな彼の横顔越しに、栗丘は手すりの外側にぬらりと現れた大きな『目玉』を見逃さなかった。
「絢永、横だッ!」
「えっ……?」
その声で絢永が手すりの方を見たのと、あやかしの『胴体』が手すりを飛び越えて襲いかかってきたのはほぼ同時だった。
栗丘は咄嗟に絢永を押し除け、自らの体を盾にする。
「センパイッ!!」
突き飛ばされて廊下に倒れ込んだ絢永の目の前で、大きく口を開けたあやかしは栗丘の胸へと齧り付く。
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