あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
48 / 51
第四章

手加減はなしで

しおりを挟む
 
 とは言ったものの、今はお互いに銃を向けて牽制し合っている状態である。
 ここから次の行動に移るのは難しい。

 それに気になるのは、父の持つ弾数。
 一体いつから所持しているのかもわからない彼の銃には、何発の弾丸が装填されているのか。

(弾の残数を気にしながら闘うなら、そう安易には撃ってこないはずだ)

 そう確信して、一旦心を落ち着けるためにも深呼吸をしようとした栗丘の正面で、引き金にかけられた父の指が不意に動く。

「え? ちょっ……」

 ドン! とためらいもなく二発目が放たれ、栗丘は咄嗟に首を傾けてそれを避ける。
 危うく顔面を貫かれるところだったが、弾丸は頬を掠めて後方の闇の中へと消えていった。

「おいおいおいおい、冗談だろ!?」

 危険を察してすぐさま後退を始めた栗丘に、父は再び狙いを定める。
 間もなく三度目の銃声が上がり、今度はスーツの裾部分が乾いた音を立てて弾け飛んだ。

 その隙に、絢永もまた手元の銃を発砲する。
 しかし栗丘瑛太は無駄のない動きでそれをかわすと、低い姿勢のまま絢永の方へ突進した。

「なっ……——かはッ!」

 目にも止まらぬ速さで絢永の懐へと潜り込んだ栗丘瑛太は、勢いのまま腹に膝蹴りを入れる。
 絢永はたまらず息を詰まらせ、銃を取り落とす。
 それを空中でキャッチし、栗丘瑛太は一歩後ろへ飛び退くと、改めて二丁の銃を構えた。

「だめだ、父さん!」

 このままでは絢永が撃たれてしまう。
 栗丘もまた銃を構え、父親の手元に狙いを定める。

 即座に発砲し、それは見事に父の右手に命中した。
 血飛沫とともに片方の銃が弾け飛ぶ。
 薄闇に舞った鮮やかな赤を目にして、栗丘は怯んだ。

 絢永は腹の痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちて咳き込む。
 対して栗丘瑛太は特に痛みを感じている様子もなく、血塗れの右手をじっと見つめた。

 栗丘は手元の銃を両手で握り直し、今度は父の脳天に狙いを定める。
 しかし、

「ひどいじゃないか、みつき。父さんにこんなことをするなんて」

 うすら寒い微笑みを浮かべながら、父が言った。

「そんな言葉に騙されないぞ。俺は父さんと約束したんだ。必ず、父さんを止めてみせるって」

「なら、あやかしを撃てばいいだろう。わざわざ俺を殺さなくたっていいじゃないか」

 言いながら、こちらに体を向ける父の背後で、ゆらりと黒い影が立ち上る。それはサイズこそ小さいが、父に取り憑いているあの巨大なあやかしの一部で間違いなかった。

 あのあやかしを撃てば、父の体は解放されるかもしれない。

(いや、惑わされるな!)

 いま栗丘が手にしているのは対人間用の銃であり、あやかしを撃つには懐に忍ばせた専用の銃に持ち替える必要がある。
 そんなことをすれば、その隙に父は間違いなく撃ってくるだろう。敵はそれを狙っているのだ。

 騙されてなるものか、と栗丘は歯を食いしばる。
 だが、

(あのあやかしだけを撃てば、父さんは助かるかもしれないのに……)

 もはや捨て去ったはずのわずかな希望が、栗丘の胸に陰を落とす。

「栗丘センパイ!!」

 と、その声で栗丘はハッと我に返った。

 気がついた時には、父は引き金を引いていた。

 ドッ、と右腕に重い衝撃が走る。
 父の放った弾丸は、栗丘の二の腕を貫通していた。

「…………ぅぐあッ……!」

 呻き声を上げながら、栗丘はその場にうずくまった。激痛の中、銃を手放さなかったのは意地だった。

「ありゃ。心臓を狙ったんだけどな。やっぱり利き腕じゃないと上手くいかないな」

 へらへらと笑いながら言う彼の隙をついて、絢永は床に転がっていた銃を回収しようとしたが、すぐに気づかれて再び蹴りを入れられる。

「がはっ!」

 床に倒れ込み、力なく咳をした絢永の腹に、さらなる蹴りが飛んでくる。三度、四度と繰り返され、やがて呻き声すら上がらなくなった。

「ははっ。どうした、もう終わりか? 俺を殺すんじゃなかったのか? 俺を生かしたまま御影の結界が破れたら、今度こそ日本は終わりかもしれないぞ?」

 父の言う通り、この結界が破れたらどれだけの被害が出るかわからない。

 父の血を手に入れ、強大な力を持ったあのあやかしが、こちらの世界へやっくる。
 たとえ『門』を通れるのが指先程度だけだったとしても、多くの人間を食すのは簡単なことだろう。

 なんとしても、ここで父を仕留めなければならない。

 栗丘はその場にうずくまったまま、利き腕ではない左手で銃を構え、半ばヤケになって引き金を引いた。一発、二発と連続で撃つが、いずれもあらぬ方向へと軌道が逸れる。
 父は何食わぬ顔でそれらを見送りながら、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。

 やがて一発も命中させられないまま、ついに弾切れを起こした。
 栗丘は慌てて腰のポーチから弾倉を取り出そうとしたが、負傷した右腕は思うように力が入らない。震える手でなんとか装填できたと思った頃には、父はすぐ目の前まで迫っていた。

「まだまだだな、みつき。お前が警察の犬なんかにならなければ、命ぐらいは見逃してやったんだけどな」

 言い終えるが早いか、父は息子の顔に横蹴りを入れ、床に薙ぎ倒す。
 負傷した右腕が下敷きになり、栗丘は低い呻き声を上げたが、そこへさらに父の靴底が患部を踏みつけた。

「があああああぁぁ……ッ!!」

 二の腕が熱い。
 心臓が脈打つのに合わせて、ドクドクと血が溢れ出ていくのがわかる。
 口の中も切れたようで、鉄の味が広がる。
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

あばらやカフェの魔法使い

紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。

『後宮薬師は名を持たない』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫(299)
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...