催眠教室

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第一章

都先生

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 現れたのは女性だった。
 見た目は二十代の半ばほどで、教員の中ではまだかなり若い方だろう。栗色の長い髪が似合う美人で、毛先は内巻きにカールさせてある。

 清潔感のあるワイシャツに細身のパンツ……と、そこまでは良かったのだが、なぜかその上から、彼女は裾の長い白衣を纏っていた。

「皆さん、おはようございます!」

 彼女は黒板と教卓の間に立つなり、ハキハキとした声でそう挨拶した。
 淀みのない、凛とした声。教え子たちを見つめるその眼差しは、希望に満ち溢れたようにキラキラと輝いている。

 しかし残念ながら、返事をする者はここには一人もいなかった。しんと静まり返る教室の中で、生徒たちの視線だけがキョロキョロと宙を彷徨っている。

『おい、誰か挨拶しろよ……』
『私一人だけが挨拶したら浮くかな……』
『だるい……』
『もう帰りたい……早く入学式終わって……』

 俺の脳内で、再び幻聴ノイズがざわめき始める。
 この沈黙の中、誰が最初に声を上げるのか。互いの様子を探り合いながら、結局は誰も口を開こうとしない。そんな雰囲気を感じた。

 かくいう俺も、この空気の中で自分一人だけが声を上げる勇気はなかった。先生には悪いが、この状況下で目立ちたくはない。
 特に今日は入学初日だ。ここで振る舞いを間違えればこの先一年間、いや、下手をすれば高校の三年間を棒に振ることになる。

「うーん。みんな緊張してるのかな?」

 女教師は腕組みをして困ったように言うが、その顔には変わらず笑みが浮かんでいた。こういう状況には慣れているのだろうか。特に慌てたり落胆したりする様子はない。

 と、それまでだんまりを決め込んでいたクラスメイトたちの中からたった一人、急にその場に立ち上がって声を上げた人物がいた。

「おっ……おはようございまあああぁす!!」

 勢いよく声を裏返らせて挨拶したのは、例の眼鏡男子だった。彼はこのクラスでたった一人、勇気を振り絞って教師に応えたのだった。

「おっ、良い挨拶ですねー。ええと、あなたの名前は……猫屋敷ねこやしきレオ君、かな?」

 女教師が手元の名簿を確認しながら聞くと、猫屋敷と呼ばれた彼は「は、はひっ!」と顔を真っ赤にさせて頷く。

「うんうん。元気があるのは良いことですね!」

 美人教師から満面の笑みで肯定され、猫屋敷は顔面から火を噴く勢いで破顔する。喜びの頂点に達したと思しき彼は、そのまま全身から力が抜けたように着席した。

 それを満足げに見届けた女教師は、今度は何やら黒板に文字を書き始める。

 天上 都。

 白いチョークで書かれたその文字を背に、彼女は再びこちらを見渡して言った。

「さて、改めまして。これから一年間、この一年A組を担当させていただきます、天上てんじょうみやこと申します」

 どうやら彼女の名前らしい。
 相変わらず反応のない教え子たちに向かって、

「都先生って呼んでくださいね!」

 底抜けに明るい声が教室内に響く。
 もはや心臓に毛でも生えているのかと疑ってしまうほど、彼女は清々しい笑顔でこちらにそう語りかけたのだった。
 
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