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第三章
未来への不安
しおりを挟む崖の淵に腰掛けたまま、俺は天を仰ぐ。
現実世界の俺たちは、一体どんな大人になっているのだろう?
この先どんな人生を歩んで、どんな思いを抱きながら、この世界へと足を踏み入れたのだろう。
こんな方法でしか自分の心を慰められない程に、精神的に追い詰められてしまったのだろうか。
だとすると、これから俺たちの人生に待ち受けている未来は、とても暗いものなのかもしれない。
今でさえ後ろ向きな生き方をしているというのに。これ以上さらに落ちていくのかと思うと、自分のこれからに何の希望も抱けなくなってしまう。
——お友達とお話しをするのって、すっごく大事なことなんだよ。
ふと、乃々の言葉を思い出した。
俺のメンタルが弱っているときは、いつも彼女が助言をくれる。
——ずっとひとりぼっちで悩んでると、悪い方にばっかり考えちゃうこともあるから……そういう時に、自分以外の誰かに気持ちを打ち明けられたら、一気に心が軽くなることもあるんだよ。
自分以外の誰かに、気持ちを打ち明けること。
そうだ。
俺は以前にも、それを実感していた。
人と話すこと。自分の心を誰かに打ち明けること。
どれだけ他愛もない内容でも、誰かと話すだけで、途端に心が軽くなることもあるのだ。
だから、
「なあ、水無瀬。俺さ……人の心の声が聞こえるんだ」
俺は空を見上げたまま、ほとんど独り言のように告白した。
隣の水無瀬は返事もせず、俺の話を聞いているのかどうかもわからない。
「聞こえるって言っても、ただの幻聴なんだけどな」
そのまま、俺は一方的に話を続けた。少しだけ自嘲気味に、けれど、できるだけ水無瀬にも理解してもらえるように、赤裸々に。
中学の頃に心を病んだこと。人間不信になって、一時的に不登校になったこと。メンタルクリニックに通ったこと。人の悪意が幻聴となって聞こえること。そのせいで、人との接触をできるだけ避けてきたこと……。
「別に、幻聴が聞こえたって気にしなければいいだけなんだけどな。……でも、それが結構、苦しくてさ」
こんな風に、乃々以外の『友達』に話したのは、これが初めてだった。
今はただ、聞いてほしかった。
俺と同じ、心に傷を持った水無瀬なら、俺の話を聞いてくれるんじゃないかと思った。
そしてできることなら、彼女自身の心の内も曝け出してほしかった。お互いの傷を見せ合うことで、お互いの心が少しでも軽くなるのなら、それ以上に望むことはない。
すると水無瀬は、
「……それって、自分でも幻覚だってわかってるんでしょ? 自覚はできてるのに、治らないものなの?」
さりげなく前髪を整えながら、久方ぶりに俺の方へと視線を向けた。目元が少しだけ赤くなっていたので、やはりさっきは泣いていたのかなと思う。
「うん。治らないんだ。変な話だけど」
そう答えながらも、俺はなんだか胸の奥にくすぐったさのようなものを感じていた。
彼女が、俺の悩みを聞いてくれている。
俺の心に寄り添ってくれている。
そう思うだけで、ほのかに体に熱がこもる。
これがきっと、乃々の言っていた『人と話す』ということなのだろう。
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