23 / 23
終章
最期の日
しおりを挟む今から四か月前。
母の葬儀が終わって、数日が経った頃。
僕は死のうと思っていた。
どうせなら派手な死に方が良いと思った。真っ赤な血を散らせて、第一発見者にトラウマを植え付けるくらいの。
駅前の店で丁度いいナイフを見つけたので、それを買った。
家にある包丁は錆びてしまっているから。
一息で死ぬためには、できるだけ切れ味の良いものを使いたい。
◯
夜になって、帰りの電車に揺られながら窓の外を見つめていると、ふと自分の死顔がそこに映っているのに気がついた。
あまりはっきりとは映っていないのでわかりにくいけれど、そこに視える僕の顔には、べっとりと大量の血が付着していた。
頸動脈を切ると、勢いよく血が噴き出すと聞いている。
やはり派手に死ぬのならこれくらいでないといけない。
そんなことを考えていると、どこからか、誰かのすすり泣く声が届いた。
見ると、近くの椅子に座っていた大学生くらいの女の子が、スマホを片手に泣いている。
髪の長い子だった。
誰かと話しているらしい。
途切れ途切れに紡がれる女の子の言葉を聞いていると、どうやら父親の訃報があったようだ。
きっと良い父親だったのだろう。女の子はひっきりなしに嗚咽を漏らしている。
こんな風に泣いてくれる人がいるなんて、その父親は幸せ者だな――と、少しだけ羨ましくなってしまう。
僕には、こんな風に泣いてくれる人なんていない。
友達もいないし、親戚とも疎遠になっているから。
もしも母が生きていたなら、母だけはきっと泣いてくれたのだろうけれど。
——結人が先生になったところ、見てみたかったなあ。
不意に、母の言葉が思い出された。
病床で呟くように言っていた。
そんな母の願いは、結局叶わなかった。母はもう逝ってしまったし、それに、僕はもう試験なんて諦めている。
たとえ教師になったところで、その結果を見せたかった相手はもういない。だから試験勉強なんてとっくの昔に放棄していた。
もう、いつ死んだっていい。
死ぬつもりでいた。
準備も万端だった。
なのに、どうして。
どうして今になって、こんなにも母の顔が思い出されるのだろう。
近くの椅子で泣いている女の子の声が、まるで母の泣き声のように聞こえてしまう。
◯
僕は堪らなくなって、次の駅で降りた。
自宅の最寄り駅はまだ先だったけれど、耐えられなかった。
目頭が熱い。
こんな場所で、一人で泣きそうになっている。
頭の片隅で母が言っている。
——応援しているからね、結人。
僕が教師になって、立派に生きていけるようにと、母が言っている。
せっかく死ぬ覚悟を決めていたのに。
これで終わらせられると思っていたのに。
でも。
母が応援しているから、僕はまだ死ねない。
少なくとも、自殺だけはだめだ。
母が、ここまで僕を育ててくれたのだから。
それに、どうせいつかは死ぬのだから。
「......わかったよ、母さん」
母がそう願うのなら、抗えない運命の日がやってくるまで。
「もう少しだけ、がんばってみるよ」
僕が本当の屍になる、その日まで。
弱々しく呟いた僕の声は、走り去る電車の轟音に掻き消された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最後までお読みいただきありがとうございました。
当作品は第7回ホラー・ミステリー小説大賞に参加し、奨励賞を受賞しました。
応援してくださった読者の皆様、選考してくださった編集部の皆様に心より感謝を申し上げます。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
読了しました。
こちらも、良かったです。
紫音さんの創作は、最後に温かいものが
心に残りますね^ ^
二人の物語の、続きがあれば
みてみたいなと思いました。
「縁」について色々考えてしまう作品だと思います。
お読みいただきありがとうございます!
最後にあたたかいものが残る…まさに私の目指しているものだったので、そう言っていただけて幸せです🥰
今回のテーマは『縁』でしたので、それを感じ取っていただけたのも嬉しいです!
素敵な感想ありがとうございます✨