日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
38 / 62
Chapter #3

サニーバンクにて

しおりを挟む
 
 そして翌日の放課後。

 シャトルバスでこちらのキャンパスまでやって来たカヒンは、いつも通り元気そうだった。

「How are you feeling now?」

 体調はどう? と私が聞けば、

「I’m good. Why?」

 元気だけど、どうして? と彼は不思議そうに首をかしげる。

「Last Sunday night, you didn’t get enough sleep, right?」

 日曜日の夜はあんまり眠れなかったんでしょ、と私が問い詰めると、彼はちょっとだけ気まずそうに苦笑した。
 続けてバスの件も問い詰めると、彼は誤魔化せないと悟ったのか、徒歩で帰ったことをあっさりと白状する。

「You said you would take the bus. Was that a lie?」

 あの日、カヒンはバスで帰ると言っていた。
 けれどあれは嘘だったの? と私が咎めるように聞くと、

「I’m sorry. But, it was not a big deal.」

 ごめんね、でも大したことじゃないから、と彼は自分自身を軽んじるような発言をしたので、私はすかさず「No!」と断じた。

「I want to take care of you.」

 私はあなたを大事にしたい。
 だから嘘は吐かないでと釘を刺すと、彼は少しだけ驚いたように目を丸くした。

 そこから不意に沈黙が訪れ、私はなんだか気恥ずかしくなってしまった。
 今の発言は、ちょっと大胆だったかもしれない。

「……But, ……」

 でも、

「Thanks for your kindness, ……Kahin.」

 優しくしてくれてありがとう——と、感謝の気持ちも忘れずに伝えると、彼はやっと安堵したように、少しだけ照れくさそうな顔ではにかんだ。



 さて、本題を忘れてはいけない。

 今日、私には重要な任務があるのだ。

 すなわち、カヒンは本当にオリバーの言う通り、私を日本人だという理由だけで恋人(遊び)に選んだのか?
 それを確かめなければならない。

(でも、こんなに優しいカヒンがそんなことするかなぁ……?)

 話し出すきっかけを見つけられないまま、私たちはデートに出掛けた。
 行き先はサニーバンクという所で、チャイニーズタウンとも呼ばれている。
 その名の通り中国系のお店が集まっている場所で、他にも香港料理や日本料理、タイやマレーシアなどの様々なアジア系の食事が楽しめるらしい。

 バスに揺られること十分ほど。
 思いのほか近い場所にあったその地へ降り立ったとき、私は周りの風景に思わず興奮した。

(すごい。なんだかオーストラリアじゃないみたい)

 カヒンの言っていた通り、中国系のお店が密集しているそこには漢字で表記された看板がずらりと並んでいた。
 そしてよくよく目を凝らしてみると、

「あっ……今川焼きがある!!」

 ガラス張りになっている厨房の奥に見える、黒い鉄板に空いた丸い穴。
 そこに流し込まれた小麦色の生地がふっくらと焼きあがっている様は日本でも何度か見たことがある。

「Imagawa……?」

「これ! ジャパニーズ・スイーツ! 今川焼き!」

 私が興奮しているのを見て、カヒンは可笑そうに笑う。
 そうして帰りにテイクアウトしようかと提案してくれた。

 とりあえず他の店も見て回ろうかと私たちは再び歩き出す。
 するとカヒンがさりげなく腕を差し出してきたので、私は少しだけ緊張しつつも、彼の肘の辺りに手を添えた。

(うわ、なんかめちゃくちゃカップルっぽいことしてる……)

 付き合っているのだから何一つ不自然なことはないのだけれど、こういったことに慣れていない私にはとてつもなくハードルの高い行為だった。
 たまらず早鐘を打つ心臓の音が、彼に触れている部分から伝わってしまわないだろうかと心配になる。

 サニーバンクには大きな交差点を挟んで、三つのショッピングセンターが並んでいる。
 その中には日本のお店もいくつかあり、うどんやラーメンやお寿司など、今や懐かしいメニューが幾度となく私の目を引いた。

 いつしか時刻はディナータイムへと近づき、腹の虫が鳴り始める。

「What do you want to eat?」

 何が食べたいかと聞かれて、私は悩む。
 最近全くといっていいほど食べていない和食が恋しい気持ちもあるし、カヒンの母国である香港の味も堪能してみたい。

 迷った末、やはり香港料理を味わってみたいと思った私は、カヒンのおすすめの香港料理店を教えてもらった。

 麺類やお粥など様々なメニューが並ぶ中、私が選んだのは白米の上に蒸し鶏をのせた料理だった。
 丼というよりは本当にのせただけという感じで、肉自体にはほとんど味がついていない。
 けれど、その上にかかっているネギ塩だれが絶妙な味を醸し出している。

「うん。デリシャス!」

 おいしい、と言う以外に英単語が浮かばないのがもどかしい。

「There are many delicious foods in Hong Kong. So, I will take you there someday.」

 香港には美味しいものがたくさんあるから、いつか連れて行ってあげるね。

 カヒンにそう言われて、私は思わず彼を見る。

(いつか、連れて行ってくれるんだ)

 その言葉の意味することはつまり、私が日本へ帰った後も、彼は変わらず私と接してくれるということ。

 それを認識した瞬間、私の心はそれまでの不安をすべて吹き飛ばして、彼の優しい温もりに改めて包みこまれるのを感じた。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

処理中です...