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第1章
危険行為
しおりを挟む死にたいわけじゃないけれど、今度こそ死ぬかもしれない、と思った。
山間の谷に架かる鉄の橋。
その欄干に腰掛けて足をぶらぶらさせてみると、下に見える川は想像以上に遠かった。
たかが十メートルくらい、と甘く考えていたけれど、これは一歩間違えたら大惨事になる。
担任の鴨志田があれほど心配していたのも無理はない。
彼の言っていた通り、飛び降り時の体勢によっては大怪我どころか命をも落としかねないのだ。
「どうした、翔。早く跳べよ」
こちらの怖れを感じ取ったのか、背後から尻を叩くような声が届いた。
振り返ってみると、幼馴染の鷹取隼人がいつもの制服姿で立っていた。
毛先を遊ばせたウルフヘアに、長身の程よく引き締まった体躯。
だらしなく着崩したブレザーの袖口からはスマホのカメラが覗いている。
「何もたもたしてんだよ。怖いのか? やりたいって言いだしたのはお前の方だろ」
カメラのピントを合わせながら、茶化すように笑う。
声が普段より弾んでいることから、すでに動画を撮り始めていることがわかる。
「怖いなら、俺が代わりに跳んでやってもいいんだぜ?」
「遠慮しとく。また笑いのネタにされてもウザいし」
烏丸翔は再び川の方を見下ろすと、今度こそ欄干の外側に足を下ろして、その縁に立った。
邪魔なブレザーを脱ぎ捨て、シャツの胸元を緩める。
そうして手すりに掴まったまま谷底を覗き込んでみると、今にも川の中へ引きずり込まれてしまいそうな錯覚に陥る。
下界から吹き上がる風に、艶のある黒髪がサラサラと揺れた。
危険行為、と呼ばれるものに惹かれるようになったのはいつからだろう。
一般的に『危険』だとされていることに興味本位で挑戦して、その様子を動画に撮り、ネット上にアップする。
そんなくだらないことを繰り返しているうちに、いつしかそれが日課となり、達成できなければ『臆病者』のレッテルを貼り合うのがお互いのルールとなっていた。
「バランス崩すなよ。川の水と垂直になるように飛び込むんだ。下手したら怪我じゃ済まねーぞ」
「わかってるよ」
同い年のくせに、やたらと先輩ヅラをされるのは気に食わない。
烏丸は小さく息を吐くと、意を決して足に力を入れた。
そのときだった。
「!」
バサバサバサ、と近くから何かが飛び出した。
不意打ちで出鼻をくじかれ、足を滑らせた烏丸の眼前に、一羽の鳥が姿を現した。
漆黒の翼を広げ、優雅に空へと飛び上がったのは大きなカラスだった。
あっ、と思ったときにはもう遅かった。
バランスを崩した烏丸の身体は崩れ落ちるようにして橋から滑り落ち、中空へと投げ出された。
「翔!」
鷹取の珍しく焦ったような声が聞こえた。
川と垂直に、と言っていた彼の忠告はもはや聞けそうにない。
烏丸は斜めに傾いた全身を立て直す余裕もなく、谷へと落ちながら、ただ視線の先のカラスを見つめていた。
翼を持ったカラスは、落ちていく人間のことなど見向きもしない。
烏丸がどれだけ手を伸ばしても、その背中はどんどん遠ざかって天へと昇っていく。
やがて右足のかかとが川面へと到達した、と思った瞬間。
どこか遠くで、骨の砕けるような音がした。
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