飛べない少年と窓辺の歌姫

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第1章

コウノトリ

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 忘れもしない、五年前のあの日。

 まだ小学五年生だった烏丸と、施設職員の新入りとしてやってきた雛沢。

 二人が出会ったその年の春。
 この街の片隅で、コウノトリのつがいがヒナを育てていたのだ。

「コウノトリの巣がカラスに狙われて……それを、あなたたちが守ってくれたのよね」

 国の特別天然記念物として指定されているコウノトリ。
 すでに日本では絶滅してしまったが、稀にロシアや中国の方から飛来する。

 ただでさえ希少なその鳥が国内で繁殖を始めたということで、世間の関心が多く集まっていた中、一羽のカラスがその巣を狙った。
 親が離れたわずかな隙に、まだ飛ぶことのできないヒナに襲いかかったのだ。

 その危機を救ったのは、ある勇敢な二人の少年だった――ちょうど地元のテレビ局が中継中だったこともあり、映像がSNSなどで拡散され、一時期ニュースとしても大きく取り上げられた。

「あのときはさ、野次馬たちの野次がすごかったよね。巣に触るなとか、自然に人が介入するなとか、危ないからやめろとか命知らずの馬鹿だとか色々言ってたけど。でも結局は感謝状まで貰ったんだから、俺たちの行動は間違ってなかったってことだよね?」

 あくまでも気取らず、烏丸は確認するように聞く。

 コウノトリが巣を作ったのは電柱の天辺で、子どもが登るには危険な場所だった。
 しかし二人の少年、鷹取隼人と烏丸翔――当時の姓は鳩山はとやま――は、周囲の反対を無視して電柱をよじ登り、ヒナには直接触れないよう気をつけながら、全身で巣を囲うようにしてカラスからの攻撃を防いだ。

「私の立場としては、あれは褒められた行動だったとは言い難いけどね。ヒナが助かってホッとしたのは確かだけれど、私にとっては、翔くんたちのことの方がずっと大切なんだから。あんな高い場所から落っこちてケガでもしたらどうしようかと」
「そうは言うけど、感謝状を貰って一番喜んでたのはつぐみさんでしょ?」
「ふふ。バレちゃった?」

 コウノトリの危機を救った英雄として、市長から送られた感謝状。
 それを宝物のように抱きながら、二人の少年は無邪気に飛び跳ねて喜んでいた。

 そんな微笑ましい姿を見せられてしまったら、たとえ雛沢でなくとも、自然と笑みが溢れてしまうのは仕方のないことではないだろうか。

「思えばあのときからよね、鷹取くんと仲良くなったのは」

 コウノトリがきっかけで、二人の少年は親密になった。
 彼らが危険行為を繰り返すようになったのも、あの頃からだ。

 しかしその話題に触れた瞬間。
 それまで雛沢に向けられていた烏丸の目が、気まずそうに脇へと逸れていった。

「別に仲が良いってわけじゃ……」

 声が先程とはまるで違う。
 いつも以上に覇気のないその声は、何かしらの不安や悩みを内包しているとしか思えなかった。

 おそらくは鷹取と何かトラブルがあったのだろう。
 烏丸の機微は今や、雛沢には手に取るようにわかる。

 だが、どうしたの、などとこちらから手を差し伸べるような真似はしない。
 雛沢にとって、この二人の少年の仲にヒビが入ることなどあってはならないのだ。

「ねえ、つぐみさん……ちょっと、相談したいことがあるんだけど」

 無反応の雛沢に、烏丸は自ずから助けを求めようとする。

 しかし雛沢はすぐさま席を立ち、

「ごめんね。私、今日は用事があるからもう行かないと。あとこれ、お土産のお菓子。よかったら食べてね」

 無情だとは思うが、あえてこれ以上彼の話を聞くことはしない。

 烏丸はわずかに顔を曇らせ、礼を言って見舞いの品を受け取った。

「……後で、電話してもいい? つぐみさんにしか相談できないんだ」
「相談なら私じゃなくても、鷹取くんがいるでしょう?」
「その隼人のことで相談したいんだ」

 やはり。

 相談したい内容というのは、鷹取隼人に関することらしい。
 ならば尚更、雛沢はそれ以上自分が介入するわけにはいかなかった。

「悪いけど、鷹取くんのことなら他を当たってほしいの。私にはきっとアドバイスなんて出来ないと思うから」
「? どうして……」

 どうしてそんなことを言うのだと、まるで捨てられた仔犬のような顔をする烏丸。

 その反応を見て雛沢は、ああ、やはりこの少年は気づいていないのだなと落胆する。

 あれだけ長い間、共に施設で過ごしてきたというのに。
 結局この少年と自分との間には、何の絆も築くことはできなかったのだ。

「どうしてって……。だって、鷹取くんを選んだのは、あなたの方でしょう?」
「え……?」

 きょとん、と目を丸くする烏丸をその場に残して、雛沢は病室を後にした。

 対話を拒否して逃げるなんて、大人げないにも程がある。
 そう自覚はしていても、これ以上の会話は不毛だと思った。

(私のことなんか、早く忘れてしまえばいいのに……)

 苛立ちをぶつけるように、心の中で呟く。

 その思いを本人に告げる日は、そう遠くはないだろうと雛沢は予想した。

 
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