飛べない少年と窓辺の歌姫

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第1章

孤児

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「親は二年前に事故で死んだの。もういない。私には家族なんて……」

 そこまで言ったところで、彼女の声は途切れた。

 顔は伏せられているため、表情は見えない。
 けれど、繋がったままの手が小刻みに震えていたので、

「……泣いてるの?」

 恐る恐る、烏丸は尋ねた。

 返事はない。
 代わりに、かすかな嗚咽が耳に届く。

 泣いている。

 さすがに踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまったのかもしれない。
 まさか家族がすでに亡くなっているとは予想していなかった。

 女の子を泣かせてしまった後ろめたさから、烏丸は頭を抱えた。
 こんなとき、一体どうするのが正解なのだろう?

 しかし悩んでいるうちに、いつしか烏丸は、目の前で泣いている少女の姿が、昔の自分自身を彷彿とさせることに気がついた。

 いつか自分も、こんな風に泣いていたことがあった。
 あのときは、雛沢が隣で寄り添っていてくれたのだ。

 烏丸がまだ児童養護施設にいた頃。
 当時小学生だった彼が、誰もいないグラウンドの端っこで、ひとり隠れて泣いていたとき。

 姿の見えない彼を心配して、たった一人、雛沢だけがそこへ捜しに来てくれたのだ。

 彼女は何も言わずに烏丸を抱きしめて、ずっとそばにいてくれた。
 そのときのぬくもりを、烏丸は今でも覚えている。

 人の肌があんなにもあたたかいなんて、それまで考えたこともなかった。

「…………」

 烏丸はそっと少女から手を離すと、その華奢な身体を、自らの腕の中に優しく抱き寄せた。
 雛沢が昔そうしてくれたように。

「……俺も、同じだよ」

 極力刺激しないよう、囁くように言う。

「俺も、両親はいない。どんな人なのか……いま、生きているのかどうかもわからない」
「……わから、ない?」

 嗚咽の隙間から、少女が途切れ途切れに聞く。

 反応してくれた。

 少しだけ安堵しながら、烏丸もそれに答える。

「会ったことがないんだ」

 お互い、家族がいないという共通点。
 あまり明るい話題ではないが、けれど少しでも共感し合える部分があるのなら、それを使わない手はない。

「赤ちゃんポストって知ってる?」

 烏丸が聞くと、少女は無言のまま、こくりと小さく頷いた。

 赤ちゃんポストは、事情があって育てられない赤ん坊を、匿名で預けることができる国内唯一の施設だ。
 預けられた赤ん坊はもちろん、施設の職員でさえ、親の顔を見ることは叶わない。

「俺は十五年前、生まれてすぐに、赤ちゃんポストに捨てられたんだ。発見されたときはまだ、へその緒が付いたままだったらしい。だから、自分の親がどんな人だったのかは全くわからないんだ」
「……寂しく、ないの?」

 聞かれて、烏丸は少しだけ考えてから、静かに首を横に振った。

「今はもう、できるだけ何も考えないようにしてる。自分がどう思ってるかなんて、考えれば考えるほど、悪いことばかり頭に浮かんでくるからさ」
「何も、考えないように? ……そうね。そうやって自分の気持ちと向き合って来なかったから、だからあなたはそんな風に、馬鹿な真似ができるんだわ」
「え?」

 だいぶ呼吸が落ち着いてきたらしく、少女は手の甲で目元を拭きながら、久方ぶりに顔を上げた。
 涙に濡れた彼女の瞳が、再び烏丸を見つめる。

「どうせその足が治ったら、また再開するんでしょ? 度胸試しとか、危ないこと」

 そう言って烏丸を見つめる彼女の目は、まるで何もかもを見透かしているようだった。

 馬鹿な真似、と彼女は言う。
 烏丸も同感だった。
 何の意味もポリシーもなく、ただ自分の身を危険に晒す行為なんて。

「このままじゃいけないってことはわかってるよ。でも……」
「やめられないの? 別に好きなわけじゃないんでしょ?」
「やめられないっていうか……。ただ、誘われたら断りにくいっていうか」
「何それ」

 普段の調子を取り戻しつつある彼女の声が、段々と鋭さを帯びていく。

「誘ってくるのは友達? それとも脅されてるだけ?」

 まるで悪事を暴くかのように問い詰められて、烏丸は何となく居心地が悪かった。
 眉間に皺を寄せ、半ば言い訳をするように答える。

「幼馴染だよ。別に脅されてるとかそんなんじゃない。ていうか、俺の話はもういいから。それよりあんたの……」

 そう烏丸が言いかけたところで、少女はゆっくりとその場に立ち上がった。
 そして烏丸の視界を遮るように、桜の木の前で静止した。
 淡いライトの光が彼女の輪郭を照らし、その儚くも愛らしい姿がぼんやりと浮かび上がる。

「あなた、やっぱり寂しいんでしょ」
「え?」
「度胸試し。やめられないのは、その幼馴染に見捨てられるのが怖いんじゃないの?」
「……は?」

 いきなり何を言い出すのかと、烏丸は目を丸くした。
 
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