飛べない少年と窓辺の歌姫

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第3章

友をたずねて

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       ◯



 外は悲しくなるくらいに天気が良かった。

 蒼く澄み渡る空には雲一つなく、白く光る太陽の周りを一羽のトンビが悠々と泳いでいる。
 あたたかな日差しを受ける桜の木は、すでに桃色の花から衣替えして、青々と茂る若葉を揺らしていた。

 麗かな春の風に包まれながら、烏丸は一人、鷹取の家を目指していた。
 歩いて行けない距離ではないが、さすがに松葉杖だと時間がかかるためバスを使う。

 途中、鷹取に電話をかけるべきかどうか迷った。

 きっと母親のことで少なからずショックを受けているだろう。
 大丈夫か、と一言声を掛けてやりたかったが、それすらも今は煩わしいと思われるかもしれない。

 一体何と声を掛けていいのかわからない。

 それでも、鷹取の顔を一度見ておかなければ、と思った。

 たとえ何の力になれなくとも、このまま放っておくことはできない。
 それは鷹取のためというよりも、彼の無事を確認して、烏丸自身が安心したいという思いから来るものでもあった。





       ◯





 鷹取の住む古いアパートに着き、烏丸は部屋の扉の前に立った。

 インターホンを押そうとすると、かすかに、玄関の奥からごそごそと音がしていることに気づく。
 話し声も聞こえるため、どうやら中に人がいるらしい。

 親戚か誰かが来ているのだろうか。
 葬儀の準備のことなどを考えると、慌ただしくしているのかもしれない。

 この状況で邪魔をするのも悪いかと思い、烏丸はその場に立ち尽くした。
 さてどうしたものかと考えていると、不意に、目の前の扉がちょうど内側から開かれた。

 見ると、中から出てきたのは三十代半ばくらいの女性だった。
 知らない顔だったが、やはり鷹取の親戚だろうか。

「あっ、ごめんなさい。外に人がいると思わなくて──」

 そこまで言いかけて、女性はハッと何かに気づくような顔をした。
 それから目の前に立つ烏丸の姿を上から下まで探るように見る。

「その制服……もしかして、隼人のお友達?」

 やけに神妙な面持ちで聞かれて、烏丸は不思議に思いながらも頷く。

 すると女性は、思いもよらぬことを口にした。

「隼人がどこにいるか知らない? 今朝からずっと姿が見えないの。お通夜も控えてるのに、電話も繋がらなくて困ってるのよ」

 



       ◯





 再びバスに乗り込み、烏丸は街のあちこちを駆け回った。

 およそ鷹取が訪れていそうな場所を、片っ端から当たってみる。
 今まで共に訪れた場所や、度胸試しの舞台となった場所、施設、公園。

 そのどこにも、鷹取の姿は見当たらない。

(どこに行ったんだ、隼人)

 時間が経つにつれ、不安ばかりが募っていく。

 今朝から、鷹取の姿を見た者は誰もいないという。
 母親が亡くなって、葬儀もまだだというこのタイミングで、一体どこへ何をしに行ったのか。

 嫌な胸騒ぎを覚えると同時に、クラスメイトの言葉が脳裏を過ぎる。

 ──後追いとか考えたりしないよね? ちょっと心配……。

 後追い。

 最悪の響きだった。

 死んだ母の後を追って、自殺でもするというのか。
 あれだけ母親に執着していたのなら、可能性は否定できないのか?

(いや、考えすぎだ)

 ぶんぶんと頭を振って、我に返る烏丸。
 何度も自問自答して、ギリギリのところで心を落ち着けるのが精一杯だった。

 道すがら、何度か鷹取に電話をかけてみた。
 しかし一向に応答する気配はない。

 やがて烏丸は、つい先日も訪れた山間に架かる橋のたもとへと辿り着いた。
 今から三週間ほど前、最後の度胸試しを行った場所だ。

 あのとき、烏丸はここで足を滑らせて、あの病院へ入院する羽目になった。
 ある意味で思い入れのある場所でもある。

 橋の欄干らんかんから身を乗り出してみると、十メートル下を流れる川には所々に岩があるだけで、人の姿は見当たらない。
 もともと人気ひとけのない場所であるため、今は車一台通る様子もなかった。

(ここにもいないのか……)

 試しに、隼人、と大声で呼んでみる。
 その声は何度か木霊した後、山の空気の中に吸い込まれていった。

 やはり返事はない。
 代わりに、近くの木々の間から、ばざばさと羽音を立てて一羽のカラスが飛び立っていった。

 こちらのことなど見向きもせず、天へと昇っていくその背中を見ながら、烏丸はかつて羽丘の言っていたことを思い出した。

 カラスは神様の使いで、死んだ人間の魂を天へと導くため、一緒に空を飛んでくれる。

 それは、死者の寂しさを紛らわせるためだろうか。

 人は誰しも、たった一人で死んでいく。
 その孤独を少しでも和らげるために、カラスはその魂に寄り添うのだろうか。

 ──一緒に死んでくれよ、翔。

 先日、電話で最後に聞いた鷹取の声を思い出す。
 あのときの彼の声は、かすかに震えていた。

 彼は寂しがり屋なのだ。
 一人で死ぬのは怖いはずだ。
 だから一緒に死のう、と言ったのかもしれない。
 あれは果たして冗談だったのだろうか。

 そして今、彼の母親は死んだ。

 共に空へと昇ってくれる相手を、彼は見つけたのではないだろうか。

「!」

 と、そこへスマホの着信音が鳴り響いた。
 ポケットから取り出して画面を見てみると、そこに表示された名前は鷹取ではなく、飛鳥だった。

「もしもし」
「烏丸さん、今、どこですか?」

 何かを堪えるように、途切れ途切れに紡がれる声。

 泣いている、と直感した。

「……どうしたの?」

 覚悟はしていた。
 いつかこの時が来ることは最初からわかっていた。

 けれど、何も今このタイミングじゃなくたっていいじゃないか。

「雲雀ちゃんが、危篤です。可能であれば、今すぐ病院まで来てください」

 
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