黒地蔵

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2:夏祭りにて

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「あーあ。せっかく朱志さんといっぱい話せるチャンスだったのに。ましろってば意地っ張りがすぎる!」

 かれこれ二時間近く、葵ちゃんはぶりぶりと文句を言い続けていた。

「だからごめんってば。りんごあめおごったんだから、それで勘弁してよ」

「こんなんじゃ割に合わないー!」

 葵ちゃんは悔しげに叫びながら、手元のりんご飴にかじりつく。

 花火会場である河川敷は、すでに人でごった返していた。

 街の真ん中を流れる大きな川に沿って、祭りの屋台が所狭しと並んでいる。
 空はやっと夜の色を見せ始め、淡い電球の光が多くの人の楽しげな顔を照らしていた。

「だいたいさあ、あんなカッコいい人に心配してもらうことの何が嫌なわけ? 役得じゃん! 私が代わってほしいくらいだよ」

「そんなに良いもんじゃないって。特にうちのお兄ちゃんの場合、私のことが心配っていうよりも、私に何かあったら自分が怒られるっていう心配の方が大きいと思うし」

 兄は完璧主義……とまではいかなくとも、かなりプライドが高い方だと思う。

 真面目な性格で、勉強もそこそこできるし、運動神経も悪くはなくて、見た目にも気を遣っている。
 そんな兄は人から何かを咎められるようなことはほとんどなく、唯一の失敗と呼べるものは、幼い頃に私を川で溺れさせてしまったことぐらいだった。

 あの日、兄は両親からこっぴどく叱られたらしい。
 それ以来、兄は私が何をするときも必要以上に心配するようになった。

「……お兄ちゃんにとって、私みたいな妹は、たぶん邪魔なだけだと思う」

「なに言ってんの。あんなに素敵な朱志さんが、そんな冷たいこと考える人なわけないじゃん。そうやって悪い方に思い込むの、ましろの悪いクセだよ」

 話しているうちに、私たちはいつのまにか祭り会場の端までやってきていた。
 屋台が途切れ、もと来た道を引き返そうとしたとき、人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。

「あっ。あれ、金田かねだたちじゃない?」

 葵ちゃんが言って、私は頷く。

 会場の一番端にあった屋台で、クラスメイトの男子三人が射的を楽しんでいるのが見えた。
 彼らは目当ての景品を執拗に狙っていたが、結局は一発も当てることができないまま弾切れになってしまった。
 落胆の声をハモらせながら、そのうちの一人がこちらの視線に気づく。

「なんだよ、お前ら。見てんじゃねーよ!」

 照れ隠しのようにそう言ったのは、三人のうちのリーダー格である金田くんだった。

「なーによ、金田。三人で狙って一発も当てられないなんて、なっさけないなぁ」

 葵ちゃんが挑発すると、男子たちは「うるせぇ!」とまたもや声をハモらせる。

「こんなの子どもだましだろ。俺らは祭りとか花火とか、そういうのに興味はねーんだよ」

「そうそう。俺らの今日のメインは肝試しだからな」

「肝試し?」

 私がその単語に反応すると、男子たちは途端に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

黒地蔵くろじぞうのところに行くんだよ。お前らも一緒に来るか?」

 その名前を聞いて、私は身構えた。

 黒地蔵といえば、この辺りでは有名な『呪いの地蔵』のことだ。

 山の中にひっそりとたたずむ、全身が真っ黒な傷だらけのお地蔵さま。
 不用意に近づけばたたりに遭うという、曰く付きの心霊スポットである。

「行くって、こんな時間から? もう暗いし危ないんじゃないの? あれって山の奥の方にあるんでしょ?」

 葵ちゃんが恐る恐る聞くと、金田くんは呆れたように鼻で笑う。

「ばっか。肝試しだぞ? 誰が明るいうちに行くんだよ。それともあれか? 怖くて一緒に行けないってか」

「こ、怖くなんかないし! ね、ましろ!」

「え? いや、私は……」

 いきなり話を振られて、私は返答に困った。

 正直に言えば、肝試しには少しだけ興味がある。
 黒地蔵のある山道は親の運転する車で何度か通ったことはあるけれど、子どもたちだけで、それこそ肝試しなんてワクワクするイベント事として訪れたことは一度もない。

 せっかくなら行ってみたい。

 けれど、

 ——帰りはあまり遅くなるなよ。寄り道せずに気をつけて帰って来るんだぞ。特に山の方は危険だから……。

 脳裏で、兄から言われたことを思い出す。

 もしこのまま金田くんたちについていったら、きっと帰りは遅くなるだろう。
 寄り道をしたことがバレたら、兄は怒るに違いない。
 特に、山の方には近づくなと普段から耳にタコができるほど忠告されているというのに、その約束を破ったら今度こそどんな反応をされるかわからない。

「よし、じゃあ決まりだな!」

 私があれこれ悩んでいる間に、話はまとまったようだった。

「自転車の後ろに乗せてやるよ。川沿いにある道だし、坂は少ないから行けるだろ」

「安全運転で行ってよね。もし浴衣の裾が破れたりしたら承知しないから!」

 葵ちゃんたちがギャーギャーやっている間も、私はひとり無言のまま、ただ兄のことばかり考えていた。
 
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