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3:山へ
しおりを挟む男子三人のうち、二人の自転車がママチャリだった。
これ幸いと、私と葵ちゃんはそれぞれ二人の後ろに横向きで腰掛ける。
「よっしゃ、とばすぞ。落ちないようにしっかり掴まってろよ!」
金田くんが言った。
私は彼の後ろから、その腰に手を回す。
走り出した自転車はみるみるうちに加速して、あっという間に祭りの明かりから遠ざかってしまった。
そのまま川に沿って五分ほど進むと、やがて道の先に山の入口が見えてくる。
雑草が伸び放題のそこは街灯もなく真っ暗で、さらには苔だらけのお地蔵さまがぽつんと立っていたりして、どう見てもお化け屋敷の入口としか思えない。
——気をつけて帰って来るんだぞ。特に山の方は危険だから……。
兄の言葉が、まるで呪いのように蘇る。
言いつけを破ったことがバレたら、きっと叱られる。
特に山の中や川の近くは、兄が最も嫌う場所だった。
幼い頃に私が溺れたのも、山の入口付近にある川の岩場だったからだ。
「……やっぱり、怖いか?」
不意に、金田くんの声が聞こえた。
ハッとして見ると、彼は珍しく心配そうな顔で、肩ごしにこちらの様子をうかがっている。
「怖いなら、別に無理しなくてもいいんだぞ。今ならまだ引き返せるし」
「う、ううん。大丈夫! ちょっと考え事してただけだから、平気だよ」
「そうか? その割には、俺の腰に回してる腕、めちゃくちゃ力が入ってるみたいだけど」
言われて、初めて気づく。
いつのまにか、私は力の限り彼の腰を抱きしめてしまっていた。
「あっ……ご、ごめん! 苦しかった?」
「いや、いいけど。あっ、手は離すなよ。落っこちるぞ」
いつになく優しい彼の声。
どうやら本気で心配してくれているらしい——そう思うと、こうして曖昧な返答で誤魔化しているのは失礼な気がしてくる。
「……あ、あのね。実は……」
おずおずと、私は胸に抱えている不安を正直に話し始めた。
本当は、こうして寄り道をするのは禁じられていること。
特に山の方へは行くなと言われていること。
兄が昔から心配性で、その原因が私自身にあること。
一通り話し終えるまで、金田くんは静かに私の声に耳を傾けてくれていた。
「……なんか、ごめんね。せっかく誘ってくれたのに、こんな話をしたら白けちゃうよね。でも、バレなければたぶん大丈夫だし、肝試しを楽しみにしてるのは本当だから!」
「別に、バレてもいいんじゃないか?」
「……え?」
予想外の反応に、私は目を瞬かせる。
「お前の兄ちゃんが心配性なのって、お前のことをまだ半人前だと思ってるからなんだろ? なら、いっそ見せつけてやりゃいいじゃん。お前がすでに一人前だって証拠」
言いながら、金田くんは自転車のスピードをさらに上げる。
流れていく景色はほとんど真っ暗で何も見えないけれど、そのぶん空に散らばる星の光はいつもより綺麗に見えた。
「山に入って肝試しして、全然怖くなかったーって平気な顔で帰ってきたら、その兄ちゃんも少しはお前のことを認めてくれるんじゃないか?」
そうなのだろうか。
言われてみれば確かに、これはチャンスなのかもしれない。
兄がいつまでも私を心配するのは、きっと今の私を見てくれていないからだ。
私はもう子どもじゃない。
兄の助けがなくたって、自分の意思でどこへだって行ける。
私はもう、中学生なのだから。
「そろそろだぞ! 急カーブを抜けたら、例の心霊スポットだ!」
金田くんが他のメンバーへ呼びかける。
この急カーブは、過去に車の事故で死者を出したこともある危険な場所だった。
カーブを抜けた先には、黒地蔵がある——そう認識した途端、ぶるっと全身に寒気が走った。
後から思えば、それは虫の知らせだったのかもしれない。
けれどそのときの私は、根拠のない自信に満ち溢れていた。
これで兄を見返すことができる。
その自信だけが私の心を奮い立たせ、湧き起こる衝動を加速させていた。
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