黒地蔵

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5:呪いの地蔵

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「おかしい……って、何が?」

 不穏なことを口にする金田くんに、私はわずかに緊張した。

 他の三人も、いつのまにか笑うのをやめて金田くんに注目している。

 四人からの視線を受け止めながら、彼は一度心を落ち着けるように深呼吸してから言った。

「黒地蔵のある場所は、こんなに遠くない。昼間の明るい時間帯なら、さっき自転車を置いた場所からでもなんとか見えたはずだ」

「気づかずに通り過ぎちゃったってこと?」

「……たぶん」

 葵ちゃんが聞いて、金田くんは自信なさげに頷く。

「じゃあ、一度引き返そうか」

 私が提案すると、そうだね、と葵ちゃんが返す。
 けれどその隣から、

「なぁ、本当に通り過ぎただけなのか?」

「え?」

 男子の一人から意外な疑問が飛んできて、私は一瞬理解が追いつかなかった。

「黒地蔵って、呪いの地蔵なんだろ。むやみに近づけば祟りに遭うって話だし……もしかしたら俺たち、黒地蔵に山の奥の方へ誘い込まれてるんじゃないか? 下手に動けば二度と山から出られないかも……」

「えぇ? またまた……」

 葵ちゃんは明るく笑い飛ばそうとしたけれど、その声は明らかにひきつっている。

 黒地蔵にまつわる怖い話はいくつもあって、その中には、山へ誘い込まれた子どもが二度と戻って来なかった、というものもある。
 完全に姿を消してしまったものもあれば、崖から落ちたり、川で流されたり……。

 今の状況を考えると、私たちも彼らと同じ目に遭っても別段おかしくはない。

 沈黙が訪れた。
 不気味な静けさに私は身震いする。
 遠くで聞こえる花火の連続音に呼応するように、私の心臓も早鐘を打つ。

「って、誰かしゃべってよ! 怖くなるじゃん!?」

 葵ちゃんはまたしても笑い飛ばそうとしたが、他のメンバーは誰も笑わなかった。

「みんな考えすぎだよ! お地蔵さまって、ただの石だよ? 石が自力で動けるわけないんだからさ、私らをどうこうできるはずないじゃん。大丈夫だよ!」

「なら、なおさら……もし動いたら怖くね?」

 追い討ちをかけるような指摘に、葵ちゃんは今度こそ絶句する。

 確かに、地蔵が動いたら怖い。
 呪いの人形みたいに、少し目を離した隙に、ひとりでに移動していたりしたら気味が悪い。

「ね、ねえ……とりあえずさ、一度戻ってみない? 土手を下りれば、さっきの道には出られるはずだし」

 このままいつまでもここに留まっているわけにもいかない。
 帰りの時間も気になるし、肝試しも十分堪能できたし、と私は自分に言い聞かせるように言った。

「う、うんうん。戻ろう! それがいい! 私お腹すいてきちゃったし。そうと決まれば早く行こう!」

 つとめて明るく振る舞おうとする葵ちゃんは、おそらく他の誰よりも恐怖に怯えていた。
 その証拠に、彼女は最後尾を歩いていた私の隣を通り過ぎて、我先にと土手を下りていく。

「あっ、待て! 転ぶと危ないぞ。俺が道を照らすから先頭に行く!」

 金田くんが慌てて言った。
 と同時に、彼は手にした懐中電灯の光を葵ちゃんの方へ向ける。

 光に照らされ、眼前に乱立する木々の様子が闇に浮かび上がる。
 落ち葉だらけの斜面は相変わらず急で、下から見上げたときよりも、こうして上から見下ろしたときの方がより危険性が感じられた。

 しかしそんなことよりも。
 照らし出された景色の中で、一際私たちの目を引いたモノがあった。

 それはちょうど葵ちゃんの目の前だった。

 私たちが先ほど通り過ぎたはずのその場所に、全身が真っ黒に塗りつぶされた、傷だらけの地蔵の横顔が、闇の中にぼんやりと浮かんでいたのだった。

「……きゃああああああ!!」

 葵ちゃんが悲鳴を上げた。

 その反動で、彼女は全身のバランスを崩す。
 もともと動きにくい浴衣を着た彼女は、急な斜面で両足を踏ん張ることができなかったらしい。
 斜めに傾いた体は重力に引っ張られ、土手の下を目がけて倒れていく。

「危ない、葵ちゃん!!」

 私はとっさに右手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
 そのまま力任せに引くと、彼女の体が手前に引き戻される。

 けれど、それと引き換えに、今度は私の体がバランスを崩した。

 葵ちゃんが無事に足元へしゃがみ込んだのを見届けながら、私の体は背中から宙へ放り出された。

「あっ……」

 慣れない下駄は足から脱げ、大の字で後ろ向きに倒れていく。

「梅丘!!」

 金田くんが叫んだ。

 兄と同じ名字を耳にしながら、ああ、これはちょっとまずいかもしれない——と、どこか他人事のように考えた。

(でも……葵ちゃんが無事でよかった)

 そのまま地面に頭を打ちつけた私は、勢いよく土手を転げ落ちていった。
 
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