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6:幽体離脱

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 それから、どれくらいの時間が経ったのか。

 気がつくと、いつのまにか私の目の前には葵ちゃんの顔があった。

「ましろ、ましろ。起きてよ、お願い……!」

 その瞳からボロボロと涙をこぼしながら、彼女は必死に呼びかけてくる。

(あれ……私、気を失ってた?)

 なんだかボーっとする。
 そういえば頭を打ったんだっけ。

「ばか。揺らすな! 今うちの親もこっちに向かってる。たぶん救急車の方が先に来るから、それまでは安静にさせておくんだ!」

 葵ちゃんの隣には金田くんの姿もあった。
 どこか切羽詰まった様子で、その手にはスマホが握られている。

(あ、いいなぁスマホ……)

 ここにいる五人の中で、携帯電話を持っているのは彼だけだった。
 私を含めた他の四人は、携帯は高校生になってからと親に言われている。

「梅丘……ぜったいに死ぬなよ」

 やけに真剣なトーンでそんなことを言われて、大袈裟だなぁ、と思った。

 土手から転げ落ちて、少しだけ気を失っていたようだけれど、今はこうしてはっきりと意識がある。
 体も痛むところは特にないし、動いても問題はなさそうだったので、私は「大丈夫だよ」と言いながら、ゆっくりと上体を起こした。

 けれど、

「おい金田。救急車はいつ来るんだよ。このままじゃ手遅れになるんじゃないか?」

「そうだよ! やっぱ俺たちで運んだ方がいいって。その方が絶対早いだろ!」

 男子二人が噛み付くように金田くんに詰め寄る。
 当の私のことは眼中にないようで、

「あ、あの、私はこのとおり大丈夫だから……」

 そう訴えても、こちらの声はまるで聞こえていないようだった。
 気が動転して、周りが見えていないのだろうか。

 どうしよう——と思いながら、縋るような気持ちで隣の葵ちゃんを見る。
 すると、彼女もまるで私の視線には気づいていない様子で、心配そうな面持ちで男子三人の方を見つめていた。

「あの……葵ちゃん? 私、このとおり元気だからさ」

 ちょっと苦笑いしつつ私が言うと、

「ごめん、ましろ……私のせいで……こんなことになっちゃって……」

 葵ちゃんは完全に私を無視して、涙を溢れさせながら、道路に横たわった私の体の前で項垂れている。

 ……って、私の体?

(あれ?)

 何かが、おかしい。

 私はこのとおり元気で、他の四人の様子を見守っている。

 なのに、なぜか、私の体は固いアスファルトの上で、だらりと四肢を投げ出していた。

 私が、私の目の前に倒れている。

「えっ…………どういうこと!?」

 思わず大声を上げてしまう。

 それでも、他の四人は全く反応しない。
 おそらく——というより間違いなく、私の声が届いていない。

「葵ちゃん! 私、ここだよ! ここにいるよ! 見えないの!?」

 慌てて葵ちゃんの肩に触れようとすると、私の両手はするりと彼女の体をすり抜けてしまった。

(えっ……?)

 触れられない。

 私はそのまま地面に倒れ込み、私の体の前に膝をついた。

 うなだれたまま、思わず自分の両手を見つめる。
 心なしか色素が薄くなったように見えるその手は、なぜか砂の一粒も付着していない。
 先ほどは確かに土手を転げ落ちたはずなのに、浴衣の袖も破れるどころか汚れ一つ付いていない。

 誰にも触れられず、声も届かず、存在を認識してもらうこともできない。

(これって、もしかして……)

 まるで幽霊にでもなったかのようだった。

 いや、というよりも。

(私、幽体離脱しちゃったの……!?)

 以前、漫画か何かで読んだことがある。

 幽体離脱とは、自分の肉体から魂だけが抜け出してしまう状態のことだ。
 こうなってしまった場合、早く元の体に戻らないと、そのまま死んでしまうという話も聞いたことがある。

「ど、どうしよう……。葵ちゃん、金田くん、みんな! 私、ここにいるよ!」

 必死に訴えてみるものの、誰もこちらの存在には気づいてくれない。

 やがて暗い道の先からは救急車とパトカーが赤灯を回しながらやってきた。

 金田くんが手早く状況を説明し、他の三人とともにパトカーへ乗り込む。

 救急隊の人たちが私の体を車内へ運び込む間、私はその場の全員に話しかけてみたけれど、誰一人としてこちらの声に気づいてはくれなかった。
 さらには何も触れることができない私は救急車に乗ることさえもできず、その場に一人取り残されて、走り去っていく彼らの姿を見送ることしかできなかった。

 みんなが遠くなっていく。

 私の体も、私から離れていく。

 このままでは、私はもう二度と元の姿に戻ることはできない。

 ということは、

「私……死んじゃうの……?」

 最悪の状況が頭を掠めた瞬間、私は実体があるわけでもないのに、右の頬に涙が伝ったのを、確かに感じ取った。
 
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