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7:闇の中で
しおりを挟む今からでも追いかければ間に合うだろうか。
でも、あの救急車がどこの病院へ向かったのかはわからない。
たとえ街の方までたどり着けたとしても、誰かに尋ねることもできないし、探しているうちに時間切れになるかもしれない。
それに、
(……こわい……)
懐中電灯の光すら失った山の中は今度こそ真っ暗だった。
ざわざわと頭上の木々が揺れ、時折どこからか獣の呻くような声がする。
こんな不気味な山道を、一人で歩いて帰れる自信がない。
「……助けて……お兄ちゃん」
まるで幼子のようにぐずぐずと泣きながら、私は兄のことを思った。
山には入るなとあれだけ忠告されていたのに、それを破って、こんなことになってしまった。
きっと今ごろは私のことも連絡がいっているだろう。
勝手な真似をしたことを知ったら、兄は怒るだろうか。
万が一、ニュースにでもなったら、外聞の悪さから兄のプライドを傷つけてしまうかもしれない。
いや、そもそも私が死んだら、兄に怒られる機会すらなくなる。
私は兄と再会することもなく、この世を去ることになるのだ。
四方八方を絶望で塗り固められて、ついには私はその場にうずくまってしまった。
溢れる涙を両手で拭うが、後から後から止めどなく流れ出てくる。
「やだ……こわい……だれか、たすけて……」
虚空に向かって助けを乞う。
すると突然、ふわり、と誰かに頭を撫でられるような感覚があった。
瞬間、全身に鳥肌が立つ。
今、何かが私の頭に触れた。
こんな暗い山の中で。
誰もいないはずの闇の中で、まるで人間の手が私の頭をなぞったように。
反射的に目を見開き、私は弾かれたように顔を上げた。
そして。
すぐ目の前にあった青白い『顔』に、私は悲鳴を上げた。
「いやああああああ————!!」
思わず尻餅をつき、ずりずりと引きずるように後ずさる。
その間も、青白い『顔』は黒々とした目を私と合わせたまま、ぴくりとも動かなかった。
「あっ……あっ……」
恐怖で体が震える。
情けない声を漏らしながら、私は土手の斜面に背を預けた。
やがてその『顔』はすうっと上の方へ滑るように移動した。
と思ったけれど、よくよく見てみると、その顔にはちゃんと体がついており、緩慢な動作でその場に立ち上がったようだった。
足もしっかり指先まであり、草鞋のようなものを履いている。
(人……?)
背丈は、それほど高くはない。
私より少し高いくらいで、ボロボロの着物をまとっている。
生地が黒いので、先ほどは闇の色と同化してよく見えなかったのだ。
髪は、長い。
こちらも闇の色に溶け込むような黒髪で、後頭部で一つに縛っている。
いわゆるポニーテールの形で、その毛先は背中の中ほどまでありそうだった。
顔は、最初は女の子のようにも見えたけれど、改めて注視してみると中性的な少年っぽさがある。
彼(?)は私を見つめたまま、何の行動も起こさなかった。
お互いに無言のまま、五分ほどが過ぎて、てっきり何か危害を加えられるものと思っていた私は拍子抜けした。
次第に冷静さを取り戻して、
「あなた……幽霊?」
と、恐る恐る声をかけてみる。
もしかすると、彼は私のことを同じ幽霊仲間と思っているのかもしれない。
しかし、
「幽霊じゃない」
と、彼は抑揚のない声で否定した。
まさか返答があるとは期待していなかった私は、意思の疎通が出来たことでわずかな安堵を覚える。
「えっと……じゃあ、生きてる人?」
変な質問だな、と自分でも思った。
と同時に、一つの疑問が頭に浮かぶ。
「あ、でも……もし生きてる人なら、私のことは見えないんじゃ? それとも、霊感のある人?」
「人間じゃない」
人間じゃない。
その言葉に、私は再び背筋を凍らせた。
考えてみれば、こんな場所に普通の人が歩いているわけがない。
見た目こそ人の形をしているが、その正体は何か別のものだ。
物の怪か、神がかり的な何かか。
「あなたは一体……?」
尋ねると、彼は表情一つ変えずに、まるで感情の伴わない声で言った。
「オレは、クロ。……黒地蔵のクロだ」
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