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8:クロ
しおりを挟む「クロ?」
その響きだけを聞けば、何だか猫のような名前で可愛い。
けれど、
「黒地蔵、って……」
土手の上で見た、あの真っ黒な地蔵の横顔がフラッシュバックする。
地元で有名な呪いの地蔵。
数々の怪談が噂される恐ろしい存在。
いま目の前にいるこの少年が、その化身だとでもいうのだろうか。
確かに、着ている服が真っ黒でボロボロなところは、あの地蔵と同じだけれど。
しかしそれ以外は一見すると普通の人間、それも私と同じ中学生くらいの男の子にしか見えないのに。
「あなたが、黒地蔵? ……でも、じゃあ」
なぜ彼は私の前に現れたのか。
そんな疑問を抱いた瞬間、不吉な考えが頭をよぎる。
思えば、あの地蔵の姿を見た瞬間に、葵ちゃんは足を踏み外したのだ。
そして私は、土手を転げ落ちて幽体離脱してしまった。
まるでその瞬間に、不可思議な力でも働いたかのように。
——黒地蔵って、呪いの地蔵なんだろ。むやみに近づけば祟りに遭うって話だし……。
無闇に近づけば祟りに遭う。
ならば私たちは、その祟りに遭ったとでもいうのか。
こんな場所で肝試しなんかしたから。
軽い気持ちで、不用意に黒地蔵へ近づいたから、その呪いによって、私は殺されてしまったのか。
いや。
体の安否はまだわからない。
私はまだ幽体離脱しただけで、完全に死んだわけではないのかもしれない。
なら、いま目の前にいる彼は、
「あなたは……私を殺しに来たの?」
トドメを刺しに来た、といったところだろうか。
少年は答えない。
無表情のまま、じり、と一歩こちらに足を踏み出して、反射的に怯えた私の顔をじっと見つめてくる。
「い……いや……」
さらに一歩、二歩と、彼はゆっくり近づいてくる。
「やめて!」
恐怖がピークに達して、私は思わず頭を抱え、体を丸めた。
足音はどんどん近づき、やがて目と鼻の先まで迫った。
そして、
「立て」
と、冷たい声で彼は言った。
「立って歩かないと、家には帰れないぞ」
「…………え?」
立って歩いて、家に帰る。
およそ予想だにしていなかった言葉が聞こえて、私は耳を疑った。
恐る恐る顔を上げてみると、すぐ目の前まで迫った少年は相変わらずの無表情のまま、静かにこちらを見下ろしていた。
「病院の場所はわかってる。途中までなら、一緒に行ってやる」
そう言って、彼はこちらへ右手を差し出す。
想定外のことばかりが続いて、私はフリーズしてしまった。
呪いの地蔵と呼ばれている彼は、私を殺しに来たのかと思いきや、帰り道を途中まで案内してくれるという。
(もしかして、からかってるの……?)
地蔵も冗談を言ったり、人を騙したりするのだろうか。
けれど、こちらに手を差し出している彼の顔は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。
信じてもいいのだろうか。
この手を取って、彼についていっても大丈夫なのだろうか。
そんな私の心中を読み取ったかのように、彼は再び口を開く。
「ずっとそんな所に座っていても、何も解決しないぞ」
その通りだった。
いくら怖くても、寂しくても、ここから動かなければ何も変化は起きない。
ずっとこんな場所にうずくまっているだけでは、いずれ私は本物の幽霊になってしまうだろう。
他に頼れる人はいない。
なら、一か八か、彼に賭けてみるしかない。
私は震える手を伸ばして、彼の手を握った。
それまで誰にも触れることができなかった私の手は、確かに彼の感触を掴んだ。
瞬間、ぐいっと想像以上に強い力で引っ張られて、私はあっという間にその場に立ち上がっていた。
間近に迫った彼の顔を、改めて見る。
血の気の薄い肌は陶器のように滑らかで、その目鼻立ちはやけに整っている。
背はやはり私より少しだけ高くて、およそ同年代くらいに見える。
そして、私の右手を握り返すその手は、大きくて、あたたかくて。
まるで祖母の手のようだ——と、私はどこか懐かしい気持ちに包まれた。
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