京都先斗町のあやかし案内人 猫神様と迷える幼子

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第六章

あたたかい家

 
          ◯


 大覚寺からの帰り道。
 柚葉さんの案内で、私たちは彼女の両親が経営するお店へと向かった。

 嵐山を流れる桂川。そのそばに建つ老舗のお食事処。閉店の時間はすでに過ぎていたけれど、柚葉さんはよくこの時間にまかないを食べに行くのだという。

「二人とも、お腹空いてるやろ。よかったら晩御飯に食べてってな」

 私と猫神様は最初は遠慮したものの、柚葉さんの強い押しに負けて、結局は彼女の厚意に甘えることにした。

 そうして三人でお店の入口を潜ると、中はどこか懐かしい和の空間が広がっていた。
 初めて顔を合わせた柚葉さんのご両親は、どちらも明るい笑顔で歓迎してくれる。そのハツラツとした表情が柚葉さんにそっくりで、やっぱり親子だなぁと思った。

「ごめんねぇ。今日はこれぐらいしか残ってないんやけど」

 そう断りを入れながら、柚葉さんのお母さんがお料理を持ってきてくれる。テーブルに着いた私たちの前に出されたのは、京都名物のにしん蕎麦と、野菜と海老の天ぷらだった。

「うわぁ、美味しそう。これ、本当にいただいていいんですか……?」

 私は思わず尋ねる。
 『これぐらいしか残ってない』と言っていた割に、お蕎麦も天ぷらもとても立派なものだった。

「どうぞ。冷めないうちに召し上がれ!」

 ニコニコ顔のお母さんに促されて、私たちは一斉にお箸を手に取る。

「いただきます!」

 三人で声を合わせて、少し遅めの晩御飯にありついた。

 にしん蕎麦を食べるのは、私にとっては初めてのことだった。
 やさしい味わいのお出汁と、そこに浸かった蕎麦の上に、甘辛く煮た魚のにしんが乗せられている。その味の組み合わせが絶妙で、私はたまらず舌鼓を打った。

「おいしい……!」

 自然と、顔が綻ぶ。
 そんな私の隣で、柚葉さんはお母さんからこっそりと「一緒にいるイケメンは一体誰なの!?」という質問責めに遭っていた。

 やがてお腹も膨れてきた頃、私はふと疑問に思ったことを隣の猫神様に尋ねた。

「そういえば、小麦ちゃんは幽世に送らなくても大丈夫だったんですか?」

 あやかしは幽世に生きるものであり、一人前になるまではこの現世に来てはいけないことになっている。
 だから普段の猫神様なら、彼女のこともあちらの世界へ送り帰さなければならないはずなのに。

「ええ、大丈夫ですよ。付喪神はあやかしの中でも特殊で、この現世で生まれ、現世に生きるものです。彼女の元となった三方も、この現世に存在するものですからね」

 この世界で作られた物から生まれた小麦ちゃん。だからこそ、彼女が住むべき世界はこちら側なのだという。

「きっとこれからも、あの二人は一緒にいられるでしょう。あの男性は、小麦さんのことを大事にしてくらはるはずですから」

 そう言って微笑む猫神様の顔を見ていると、きっとそうなんだろうなと私も思う。

 家族という絆で繋がった二人。
 たとえ帰る家がなくなってしまったとしても、彼らの思い出はその心の中にある。

 かくいう私も、この胸の中には両親との思い出がある。大事なものはきっと、心の奥底にずっと残っている。

「桜さん」

 と、猫神様が改めて私の名を呼んだ。
 何だろうと思って首を傾げていると、彼はそっと窓の方へ目をやって、

「月が綺麗ですね」

 そう言って、空に浮かぶ満月を眺めていた。

 私も同じようにそれを見上げる。
 白く美しい光を放つ、まん丸な月。そこにある模様は、まるでウサギがお餅をついているようにも見える。

 私は嬉しくなって、「そうですね!」と笑って返す。
 直後、隣の柚葉さんは口の中の蕎麦をブッと噴き出した。

「わっ、大丈夫? 柚葉さん」

「……あんたらそれ、二人とも意味わかってて言うてんの?」

「え、何が?」

 なんだか要領を得ない柚葉さんの言葉に、私は首を傾げた。

「……いや。やっぱええわ。何でもないから忘れて」

 どこか諦めたように顔を背ける柚葉さん。
 そうこうしている内に、彼女の両親が揃ってこちらへやってきて、私に手土産を持たせてくれた。

「これ、少ないけど。よかったらお家の人にも持って帰ってね。いつもうちの娘がお世話になってるから、そのお礼に」

 テイクアウト用の容器に詰められたお弁当。
 まさかここまでしてもらえるとは思わず、私は何度も何度も感謝の言葉を述べた。

 私の帰る場所。
 今は、茜さんが待っていてくれる。

 私の両親はもういなくなってしまったけれど、今の私には茜さんがいる。あたたかくて、帰りたい家がある。

「良かったですね、桜さん」

 猫神様が優しく笑いかけてくれて、私は「はい!」と力強く答える。

 大好きな人たちに囲まれて、優しさに包まれて。
 私は幸せ者だなぁと、改めて思った。
 
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