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第五章
雀の子
しおりを挟む京都屈指の繁華街、四条通。
そこへ交差する形で流れる鴨川の上には、四条大橋と呼ばれる立派な橋が架かっている。
その欄干の上で、一羽の雀が羽を休めていた。小さな茶色い背中が、手すりの真ん中でポツンとうずくまっている。
全長は十センチくらい。
雀の中でもちょっと小さめかな? と思ってよくよく見てみると、羽の下には丸っこいもふもふのボディ——ではなく、人間をそのまま小さくしたような、小人サイズの体があった。
身長十センチくらいの人の体に、雀の羽が背中から生えている。纏っているのは平安装束の水干で、さながらミニチュアの牛若丸のようでもある。
一見すると人形のようなそれは、手すりの上で四つん這いになって、がっくりと項垂れていた。「はぁ……」と、まるで何かを嘆くように、小さな体で大きな溜め息を吐いている。
(この子はもしかして、あやかし……かな?)
見るからに奇妙な姿をしたその存在に、周りは誰も気づいていない。橋の上を往来する人々の目には、この小さなあやかしの姿は映っていないのだ。
たった一人、私だけを除いて。
(どうしようかなぁ)
スクールバッグに付けている白猫のキーホルダーをいじりながら、私は迷っていた。
高校からの帰り道。いつものように晩ごはんの食材を買うため、駅近くのスーパーへ寄ろうとしていたところだった。
九月の下旬。ようやくお彼岸の時期に差し掛かったとはいえ、残暑はまだまだ厳しい。
そんな中で項垂れているこのあやかしは、もしかしたら暑さや水分不足で体調不良に陥っているのかもしれない。
(さすがに、このまま放っておくのは心配……だけど)
こんな状態のあやかしを見て見ぬフリをすることはできない。
けれど今までの経験則からすると、こういうモノにはあまり不用意に近づいてはいけない、という教訓もある。
過去には良かれと思って近づいて、祟られそうになったことも何度かあった。
いま目の前で項垂れているこの子だって、私を罠に嵌めるために演技をしている可能性もある。
だから、本来ならこの場面では無視を決め込むことが得策なのだ。
わかっている。
わかってはいるのだけれど。
「ねえ。あなた、大丈夫? どこか具合が悪いの?」
気づけば私は、そう声をかけていた。
どうしても無視することができなかった。
だって、もしかしたら一大事かもしれないのだ。こんな状態のあやかしを、一人にしておけるわけがない。
「……む? そなたは、人間の娘か? こちらの姿が見えているのか?」
それまで肩を落としていたその子は、物珍しそうな顔でこちらを見上げた。
真面目そうな雰囲気の男の子だった。見た目の年齢は中学生くらいだろうか。
サラサラの茶色い髪と、背中の羽はやはり雀を彷彿とさせる。おそらくは雀のあやかしなのだろう。
こういう存在は時々、人と動物とが融合したような姿形をしていることがある。
「うん。私、あやかしが見える人間なの。だから、あなたの様子がつい気になっちゃって」
「そうか。珍しいこともあるものだな。……お気遣い、感謝する。しかし別段、具合が悪いというほどではないのだが、ここのところ歩き詰めで……」
言いながら、彼はその場にあぐらをかいて座り直す。と、その拍子に「ぐううぅー……」と腹の虫が盛大に鳴った。
「もしかして、お腹が空いてるの?」
私が尋ねると、彼は小さな顔を真っ赤にさせて俯く。
「……恥ずかしながら、昨日から何も食べていない。行きたい場所があるのだが、道に迷ってしまって」
どうやら迷子らしい。
そしてお腹が空いている、となれば、私が案内する先は一つしかない。
「ねえ。よかったら、猫神様のところへ案内しようか?」
こちらが提案すると、彼はパッと明るい表情を見せる。
「おお。それはありがたい。実は自分も、ちょうど猫神どのを頼ろうと思っていたのだ。このあたりにいると聞いたのだが、見つからなくて」
やっぱり、と私は微笑む。
猫神様は猫又のあやかしで、とっても優しい神様だ。こうして迷子のあやかしが困っているとなれば、彼もきっと放ってはおけないだろう。
「それじゃあ、一緒に行こっか。よかったら私の手に乗って」
「かたじけない」
私が両手を差し出すと、彼はぴょんっと手すりを蹴って、私の手のひらの上に飛び乗る。そうして茶色い羽をたたんで丸くなるその姿に、思わず笑みが零れる。
ああ、なんだか本物の雀みたいで可愛い。
手の中でちょこんと大人しくしているその背中を愛おしく思いながら、私は秋の京都を進んでいくのだった。
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