魔女の取扱説明書

柚木蒼

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④嵐の後に

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 「あの魔女は初め、高名な薬剤師として宮殿に入ったが、その本性を魔女だと見抜いたゆえ、皇太子と婚約するという契約によって力を封印していたのだ」

魔女としては皇太子との婚約などどうでも良かっただろうが、見返りに珍しい植物や魔物の爪等を自由に扱えるよう取り計らえば、契約を受け入れた。

あのパーティーまではそれで正解だと信じていたが、縛りを付けられた魔女が大人しくしているわけもなく。


国王は後悔に頭を抱えた。


クリュート国は魔女によって掻き回された。後継者とされていた第一王子ヘレイスは魔女の呪いで女性に変えられた為、正気を失い、皇太子の座から降ろされた。


ヘレイスが愛したライラは、ヘレイスが駄目ならばと、新たに皇太子に立てられた第二王子に鞍替えしたようだが、あの時のカエルがトラウマになったのか、二度とブローチを付けることはなかった。


この突然の皇太子入れ替え事件は隣国でも噂され、魔女の恐ろしさが周知の事実としてまた広まった。

学者の間でも、魔女を契約で縛ることのメリットとデメリットについて、論争が始まった。



そんな、騒がしい世間とは隔離した、とある森の中。小さな小屋で噂の張本人であるノエリアは美味しそうにパンを頬張っていた。

その正面にはスープを品よく飲む、バロンの姿もある。

彼らは、クリュート国から解放された後、昔住んでいた場所に転移してきていた。

「あぁ、懐かしの木の匂い。でも、あの国の人って本当に弄りがいがあって楽しかったわ。こうして戻ってみると少し物足りないわねぇ」

「俺は猫から解放されたからもうあそこには興味無い」

ぶっきらぼうに答えるバロンに、ノエリアは軽く首を傾げた。

「そんなに猫が嫌だったの?割りとうきうき散歩とかしてなかったかしら」

喉元を撫でればゴロゴロと機嫌よくしていたはず。その後、すぐにがっくり落ち込んでいたのは気になるけど。


「猫だと…こういうことをしてもつまらないだろうが」


バロンはするりと立ち上がり、軽く屈んでーーノエリアの唇にそっと口付ける。

「あっ…!?」


「ほら、この姿の方が良い顔をするだろう」


目の前で楽しそうに笑うバロンに、思わず見蕩れて、ノエリアは手に持っていたパンをテーブルの上に転がしてしまう。


「暫く忘れていたけど…バロンってそう言えばキス魔だったわね」

使い魔になる時もキスを求められたし、何かのお礼も大体それだった。まぁ、効率良く魔力を貰えるから、という使い魔としての理由もあるだろうけど。


「その言い方はやめろ」

「事実だもの、仕方ないわ」


そう笑えば、強制的に黙らされた。どうやって?勿論、想像の通りのことで。





 魔女ノエリアは暫く、隠居生活を送るも、数年後、また別の地で世間を騒がせることとなる。

後世において、「災厄の魔女」と呼ばれることになるのは、そう遠い話ではない。

彼女は生涯、魔女としての本能に従って自由に生き続けたのである。
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