【完結】【R18】あざなえる光と闇~麗しの月巫女は常闇の魔性に偏愛される~

清見こうじ

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忍び寄る触手

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 うっ……なんなの? この肌つや……寝不足なのに。

 いつもより早い時間にパッチリ目が覚めて、ひとまずシャワーを浴びた。
 なんとなく湿っぽいシーツも剥ぎ取り、とりあえずランドリーボックスに丸めて放り込み。
 見ない振りをして、下着とパジャマを洗濯機にいれた。
 昨夜の衣類も入ったままになっていたので(夜中に洗濯機を回すのはためらわれたのでそのままだった)、一緒に洗濯を始める。
 ほとんど剥がれかかっていた左胸のガーゼの下の傷は、えぐられた痕が残ってはいるものの、すでにかさぶたになり掛けていた。
 朝になれば普通にシャワーは浴びてよいと言われていたので、ガーゼを外して注意しながらお湯をかけた。昨日はお湯をかけないように気をつけて浴びたが、お湯をかけてもしみることはなかった。ただ動かす度にひきつれるような痛みを感じた。
 左頬の腫れは、まだかなり熱を持っていて痛みもヒドイ。
 昨夜は興奮していたせいかあまり感じていなかったが、今朝はズキズキと痛む。
 後で病院からもらってきた解熱鎮痛薬と抗生剤を飲まなくては。
 見た目は、多少腫れているが、そこまで目立つ感じはなかった。よく見ると青みが強い、くらいで。

 ファンデーションで何とか誤魔化せるかな?

 むしろ、腕の方がヒドイかも。
 
 痛みはなかったが、亜夜果の白い肌に無数の引っ掻き傷がひび割れのような模様を作っていた。
 長袖の衣類を着ればいいかもしれないが、6月になり職場の制服は半袖になっている。まあ、カーディガンの着用は可能なので、それで何とか誤魔化せるか。
 昨日の朝に見た自分の染みひとつない体を思い出す。
 最後の一線は越えなかったものの、あの男の暴虐が亜夜果の体に残した爪痕は(実際の爪痕も含めて)大きい。

 なのに。

 何だか、傷はともかく、肌全体は調子いいかも。

 傷のない右頬をさすると、妙に指の滑りが良い。
 無事だった部分は、いつも以上に吸い付くような潤いを帯びて、見た感じもつやつやしている。単にシャワーによる洗浄や湿り気ではない、内部からくる潤いだ。

 これは……やはり。

 夜中の行為を思い出し、じっと両手を見つめる。
 尭司を思いながら、自分の体を慰め……いやだ、思い出すとますます恥ずかしい!

 
 シャワーを浴びて一息つくと、時間を見計らって直属の上司の携帯番号に電話した。

 ケガをして熱が出ていることを伝える。
 傷自体はそう酷くないが、顔が腫れていることも伝えた。
 心配した上司は、とりあえず今週いっぱい休めるように手配してくれると言ってくれた。休暇の届け出や診断書などの必要書類は後日で良いので、今はきちんと療養するように、とも。
 あとで庶務に確認して、有給を使わなくても不利がないように出来るか確認して、また連絡をしてくれる、と言ってもらった。

 電話を終えた頃、洗濯機のブザーが聞こえた。
 洗濯物を取り出し、今度はランドリーボックスにあったシーツの洗濯を始める。
 せっかくなので普段できない家事を片付けようかと目論んだが、洗濯を終える頃には、熱が上がってきたのか何だかクラクラし始めた。

 そういえばまだ薬を飲んでいない。

 トーストと牛乳だけで簡単に朝食を済ませて、薬を飲む。
 替えのシーツをベッドに敷いて、再び横になると、やはり疲労が溜まっていたのか、すぐにうとうと眠くなってきた。
 明るい日差しの射し込む中、亜夜果は深い眠りに落ちた。


 ……今、何時だろう?
 
 スマホの音で目を覚ますと、何だか部屋が薄暗い。
 夢も見ずに丸一日眠ってしまったらしい。
 すでに日が傾いている。
 鳴り響くスマホを慌てて手に取ると、着信中だった。

「はい、もしもし?」
『あ、私、子安だけど。今大丈夫?』

 尊敬する職場の先輩の、子安こやす絵巳子えみこだった。

「あ、大丈夫です」
『お休みのところごめんね。昼間に一度掛けたんだけど出なかったから』
「そうだったんですね、スミマセン! 薬飲んで、そのままぐっすりで……気付いていなくて」
「いいのよ。体調、大丈夫? 実は、今近くまで来ているのよ。書類届けがてら、様子を見てこいって言われて。課長もだいぶ心配して、お見舞いも差し入れるようにって。何か必要なものがあれば買っていくけど?」
「ありがとうございます」

 冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、亜夜果は好意に甘えて、とりあえず必要な食材を頼んだ。
 失念していたが、確かに買い物に行くにもまだためらわれる体調と外見だ。
 とはいえ、ぐっすり休んだせいか、朝に比べて体調は良くなっている。

 しばらくすると、インターホンが鳴った。備え付けのカメラ付きインターホンには見知った顔が映る。

「ありがとうございます」
「いえいえ……大丈夫?」
 
 亜夜果の顔を見た瞬間、絵巳子の顔から笑みが消えた。
「大丈夫ですよ。もう、だいぶ痛みは引きました」
「それならいいけど……顔、スゴいよ?」
「え?」

 絵巳子に断って、慌てて鏡を見に行く。
 朝はかすかに青みがある程度だったのが、範囲が広がり、色も青紫色に深まっている。
 思わず悲鳴を上げてしまった。

「内出血は後から出てくるからね……これは、しばらく休んだ方がいいわね」
「すみません……」
「保内さんが謝ることじゃないわよ。……何だか大変な目にあったんでしょ?」

 上司には、昨夜通り魔に遭い殴られたこと、すぐに通りかかった警察官に救われ負傷したものの命に別状はないことのみ伝えた。必要な部署にはその内容を伝えてもらって良い、と。

「……ええ。でも幸い、警察の方に助けていただいて。その場で犯人も捕まえてもらえましたし」
「……怖かったでしょう。本当に、無事でよかった」

 そう、絵巳子に言われた途端。
 涙が溢れた。

 昨日は襲われた恐怖と救ってもらった安心感に、尭司に再会できたことで、痛みも感じないほど色々気が高ぶっていたが。

 一晩経って、絵巳子の労りの言葉で、改めてその恐怖と安心感がよみがえり。
 絵巳子にすがりつき、泣いてしまった。

 よしよしと背中と頭を撫でてくれながら、絵巳子は亜夜果の気が済むまで泣かせてくれた。

 泣きすぎて、また熱が上がってきたのか、頭がぼんやりしてきた。とは言え、何となく心は晴れやかになった。

「どうする? 良ければもうしばらく一緒にいるけど。あ、お粥も買ってきたわよ。レトルトだけど。温泉たまごも。もしかしたら噛むのも大変かな、って」
「ありがとうございます」
 確かに、朝もパンを牛乳に浸しながら何とか飲み下していた。頬の痛みが歯に響いて、うまく噛めなかったのだ。
「あと、プリンとかヨーグルトも買ってきたから。ゴメン、課長にもらったお金で私の分も買っちゃった。あと、実は、お弁当も持参」
 エヘヘ、といたずらっ子のように笑う絵巳子に、亜夜果は癒される。
 課長の一番の差し入れは絵巳子かもしれない。

「そんな、いいんです。むしろ、忙しいのにすみません。よかったら一緒に食べてください。一日眠っていたら、お腹空いちゃいました」

 亜夜果の夕食は、レトルトのお粥に温泉たまごを載せて。

「嬉しい。私、卵を入れたお粥、大好きなんです」
「うん、前にそう言っていたな、って。具合の悪い時は、何にでも半熟卵を載せるって」
「先輩、覚えていたんですか」
「何となくね。美味しそうだな、って思っていたから」
 そういう絵巳子は、コンビニで買ってきた温玉入りの冷やしうどんを食べている。
「また買ってきてあげるから、そんなに物欲しそうな顔しないの」
「え? そんな顔してますか?」
 何となく美味しそうだな、と思って見ていただけで……やっぱり物欲しそうだったかも。

「でも、食欲が出てきて良かったわ。まだしばらく外に出られそうもないし、良ければ明日もまた来るけど」
「ご迷惑でなければ、ありがたいです」
「大丈夫よ。帰り道だし」
 同じ路線とは言っても、絵巳子の家はもう1駅先だ。途中下車させてしまっている。
「……実はね、彼がこの近くなのよ。だから、週末はいつもこの近くまで来るの。だから気にしないで」
「先輩、彼氏いるんですか?」
「うー、そんなに色気ない? 私だって年頃の娘さんダゾ?」
「いえ、そう言う意味じゃなくて……前田さん、残念がるかな、って」
「何で前田さん?!」
「え? だって、前田さん、先輩のこと、好きですよね? 気付いてない……って、もしかして?」
 急に赤くなってしまった絵巳子に、同じ営業部のエースの前田が、絵巳子の彼氏なのだと見当がついた。
 そう言えば、同じ駅で降りると聞いたことがあったかも。

「いや、あの、内緒にしてね。同じ部署だと、色々差し障りがあるし」
「絶対言いません。と言うか、むしろ、先輩スゴいです。私、先輩は全然前田さんに気がないと思ってました」
「まあ、公私は分けないといけないしね。そこは、まあ、大人の余裕かな?」

 へへ、っと職場では見ないような照れた笑顔に、亜夜果は尊敬の眼差しを注ぐ。
「そう言う保内さんだって、彼氏くらいいそうだけど」
「わ、私ですか?! いえ、あの、まだ、そんな……」
「あ、この反応は、少なくとも好きな人はいるのね? 誰? 部署の人? よその人?」
「あ、いえ、その……よその人、です」
「え? どこで知り合ったの? まだ合コンとか参加してないよね? 会社関係?」
「いえ、あの、高校の同級生で……」
「ふーん。でも、地元こっちじゃないよね? あ、再会しちゃった系?」
「な、何で分かるんですか!?」
「あ、ビンゴ? ふーん、再会かあ。あ、もしかして元々好きだった、とか?」
「先輩……」
「泣きそうな顔しないでよー。だって、全部顔に出て可愛いんだもん。大丈夫。秘密にしておくから。今度写真とか見せてね」
 
 散々からかわれて、色々おしゃべりしているうちに、夜も更けてきた。
「あ、そろそろ帰るね。こんな時間になっちゃったし」
「すみません、遅くまで」
「いいのよ。むしろ、私がお邪魔していたんだし。じゃあゆっくり休んでね」

 名残惜しい気持ちで絵巳子を送って玄関まで行くと。

 

 インターホンが鳴り響いた。

 
 
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