【完結】【R18】あざなえる光と闇~麗しの月巫女は常闇の魔性に偏愛される~

清見こうじ

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交わる月と暁の光

1

 カタン、という物音で、目が覚めた。

 カーテンから朝日が差し込み、部屋の中は十分明るくなっている。

 時間を見れば、6時まであと数分というところ。

 先ほどの音は、ドアのポストの音だろうか?

 亜夜果は新聞を取っていない。こんなに朝早く、誰が?
 
 すると、丁度6時にスマホの目覚ましが鳴る。アイコンをフリックして止めると、今度はメッセージの着信。

「……尭司」

 ディスプレイに示された名前を見て、亜夜果はドキドキしながらメッセージを開く。
 そして、慌ててベランダに駆け寄った。

「尭司……」


 窓の外に、尭司がいた。
 今日は仕事のはず。出勤前の、こんな早い時間に、わざわざ亜夜果の家に来て。

 ベランダから下をのぞきこむ亜夜果に気付いたのだろう。尭司は、挨拶するように小さく首を縦に振って、亜夜果を見つめた。

 その尭司を、亜夜果もじっと見つめた後、応えるように、そっと右手を上げる。
 額に沿わせて、見様見真似で敬礼をすると、尭司は、こちらは本職らしくキリッと敬礼を決めてくれた。
 
 遠目だけど、笑顔になったのが分かった。

 

 ……尭司、もっと近くで会いたい!

 怯える亜夜果に配慮して、こんな風に遠くから顔を見せてくれているのだろう。その優しさに触れ、亜夜果はもっと近くで尭司に会いたくて……直接触れたくて、仕方なかった。

 でも。

 近くで会って、また怯えた顔を見せれば、せっかく気を遣ってくれた尭司を、また傷つけてしまうだろう。
 昨日の帰り際の、悲しそうな尭司の顔が、遠目の笑顔に被さって見える。

 ベランダの手すりをグッと掴んで、亜夜果はこのまま部屋を飛び出して尭司に駆け寄りたい気持ちを堪えた。

 そのまま、何分たっただろうか。尭司は不意に手首を顔に近付けて、腕時計を確認すると、再び亜夜果を見上げて、小さく手を振った。
 出勤の時間が近付いたのだろう。
 亜夜果も小さく手を振る。せめて笑顔で送り出そうと思うのに、何だか悲しくて、寂しくて、うまく笑えない。

 時々亜夜果を振り返りながら歩き出す尭司を、亜夜果はずっと見送った。

 
 それから、ドアに向かい、ポストの受け箱を開ける。
 
 中には、白い紙袋があった。
 黒色のスタンプが捺されている。神社の紋らしい。

 中には、朱色の和柄の布で作られた小さめの巾着袋に包まれた、丸い金属……鏡が入っていた。

 いぶし銀の丸い枠にはめられた鏡は、見ると中央に半円を組み合わせた溝が浮かび上がっている。そして、その半分が暗くなるように細かなドットが透けて見える。溝もドットも内面に彫り込まれているのだろう、光沢のある表面は、簡易的な鏡としては十分に使用できる。
 枠には小さな穴が開けられており、そこに金糸銀糸を編み込んだ朱と紺の組紐が付けられており、吊り下げることも可能だった。
 が、やはりこれは、実用的な鏡としてではなく、工芸品として作られたものなのだろう。

「……これって、先輩が言っていた、お守り?」
 神社の紋が捺された袋に入っているのだし、彫り込まれた模様……陰陽紋は呪術的なイメージがある。

 カサリ、と袋の中から折り畳まれた透けるように薄い紙片が出てきた。

 開くと艶のある内面には規則正しい筆致で、神社の謂れやお守りの由縁などの説明文が印刷されていた。

 絵巳子に教えてもらった昔話と共通する内容だった。
 絵巳子は「日の兵士」「月の巫女」と言っていたが、説明文には少し難しい字で「高豊日奈良保日古たかとよひならほのひこ」「照月呼夜闇見比売てるつきこやのくらみびめ」と書かれていた。
 人間の兵士や巫女ではなく、歴とした八百万の神の一柱、という扱いらしい。

 日の神と月の神も、この紙片には「天照大神あまてらすおおみかみ」「月読命つくよみのみこと」と書かれていた。一応日本史や文学史は大学の教養過程で選択したが、そこまで詳しいわけではない。そんな亜夜果でも分かる、有名な日本の神様だった。

 そんな、神様達の名前が並ぶ恭しい神社の謂れは、大筋では絵巳子に聞いたように、最後は黄泉の国から幸せな恋人達を羨む月の兵士、悪神となった「加見豊日奈良保比古かみとよひならほのひこ」が今も呪いをかけようと狙っている、という流れだった。

 ありきたりと言えばありきたりだが、謎も多い物語だった。単に神社の宣伝のためとも思えない、神様達の不可解な行動にも説明はない。
 けれど、絵巳子に聞いた『異説』と考え合わせると、その謎が解けるような気がした。


 こんなおとぎ話信じているわけではない、と絵巳子には言った亜夜果だったが、今はこれが真実に近いのだと、妙な確信があった。

 もちろん、それを証明するためには、再び尭司と夜を過ごす必要があり……尭司を思い慕う心とは裏腹な恐怖心を、亜夜果はまだぬぐい去ることができなかった。

 幸い、日中の尭司は、亜夜果をなるべく恐れさせないよう気を遣ってくれている。
 尭司にもらったシフト表によれば、そして亜夜果の体調や仕事を再開するタイミングを考えれば、次に夜を共に過ごせるのは、週末、奇しくも同じ土曜日の夜だった。


『明日から仕事に復帰します。しばらく平日は会えません。尭司の都合が良ければ、次の土曜日に会いましょう』

 そう、メッセージを送り。

 すぐに『分かった』と尭司から返信が来た。そのメッセージを読んで、亜夜果は再度メッセージを送った。


『本当は、今も会いたい』


 素直な気持ちを伝えよう、先ほどの尭司の顔を思い出しながら、それが、亜夜果にできるたったひとつの誠意の伝え方だと思った。


『俺も、今すぐ会いたい。でも亜夜果にちゃんと向き合うために我慢する。それまでに、俺は強くなる』

 すぐに返信が届き。

 時間差で、再びスマホが鳴動した。



『亜夜果を愛してる』


 尭司……!


 その短いメッセージごと、亜夜果はスマホを抱き締めた。


 私も、強くなりたい。


 尭司と、尭司に纏う闇とに、きちんと向き合うために。



 亜夜果は、再びお守りの鏡を覗き込んだ。

 同じように映る亜夜果の顔だが、左右で明度が違う。
 それでも左頬の痣は、まだ色が残っていた。

 もっとも、もう化粧で誤魔化せるレベルだ。
 尭司に伝えたように、明日からは仕事に行けるだろう。





 尭司も、この鏡を見たのだろうか?


 まるで、瓜二つのふたりが同時に鏡に映っているかのような、不思議な鏡像。


 

 ……。


 亜夜果は鏡を伏せて、袋にしまう。



 明日の出勤に備えて、済ませておくべきことは沢山ある。


 いつになく活発に動き始めた亜夜果を照らす朝日は、更に強く照り始めた。
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