【完結】【R18】あざなえる光と闇~麗しの月巫女は常闇の魔性に偏愛される~

清見こうじ

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交わる月と暁の光

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 土曜日の朝。


 この日、当番勤務を終えた尭司は、脇目もふらず帰宅した。

 週末だったが、取り立てて大きなトラブルも事件もなく、奇跡的にスムーズに終業できた。

 亜夜果とは夜に会う約束になっている。

 その時間までに体調を整えよう。
 
 亜夜果のような栄養的にも味的にも満ち足りた食事を準備する事は叶わなかったが。
 
 疲労もあって、尭司はあっという間に眠りに落ち、次に目が覚めた時は、約束の時間まで一時間という充実した眠りを得ることができた。

 身支度を整え、約束通り到着する旨のメッセージを送ると、「待っています」という短い返信が届いた。

 その一言が、嬉しい。

 すぐにでも会いたいという狂おしい思いをなだめて過ごした1週間だった。

 もちろん、この約束が最後の逢瀬になってしまう恐れもある。

 自分の中に眠る、嵐のような闇を、本当に制することが出来るのか?

 尭司は小さな鏡を模したお守りを取り出し、握り混む。

 大きな鏡の方は、鞄にしまってある。

 本当に役に立つのか不安だ。正直こんな神頼み、効果は期待していない。

 これは、自分の決意の象徴なのだ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 決して亜夜果の思いを踏みにじらないように。



「いらっしゃい」

 ドアを開けて出迎えてくれた亜夜果を目にして、早速決心が揺らぎ始める。

 シンプルな無地の青いロングTシャツに、七分丈のジーンズ。

 飾り気はないが、亜夜果のほどよく括れた肢体を引き立てている。

 その魅力的な存在を、すぐにでも抱き締めたいという欲求に囚われる。

 ほぼ1週間ぶりに間近で見る亜夜果は、相変わらず愛らしくて、美しくて。

 伏せ目がちなその瞼も、小さく開かれた唇も、なめらかに丸みを帯びた肢体も、すべて手の内にして、閉じ込めてしまいたい衝動に駆られる。

 クラクラするような色香を感じて、尭司はグッとこらえた。

「あがって?」

 不安げに、けれど目をそらすことなく、尭司を室内に招き入れ。

「えっと、夕御飯、食べるでしょう?」

 確かに腹も減っているが。

 ……このまま、抱き潰してしまいたい!

 緊張感を湛えつつも、尭司の胃袋への配慮を忘れない亜夜果の、ちょっと天然なところも、やっぱり大好きだ。

 そのまま押し倒してしまいたい衝動を押し込めて。

「ありがとう。嬉しい」

 今まで通り接してくれるのが、接しようとしてくれるのが、とてもありがたい。

 そんな気持ちで、何とか笑顔を作る。

 あれほど自制しようと決意してきたのだ。ここで堪えなくてどうする?!

 尭司は無理やり思考を室内へ飛ばす。

 鼻腔に届く、香ばしさと甘さの混じった匂い。

 とたんに、腹が音を立てて空腹感を訴える。

 何とか食欲に意識を回すことができた。

 甲斐甲斐しくテーブルセッティングをする亜夜果を手伝う。
 
 手際のよく盛り付ける亜夜果の仕草に見惚れながら、結婚したらこんな風に毎日が送れるのかもしれないと夢想する。


 亜夜果に近付くことをあれほど躊躇っていたのに、いざ目の前にしたら愛おしさが優り、何事もなかったかのように錯覚してしまう。

 このまま、うやむやに関係が修復できれば……そんな怠惰な思考に陥りそうになるのを必死でこらえる。

 ジーンズのポケットに入れであるキーホルダータイプのお守りに、布越しに触れる。

 確かな存在感は、自分が亜夜果を苦しめた証左なのだ。

 その事実を再確認し、尭司は気持ちを引き締める。

 亜夜果が準備してくれたメニューは、茄子の挽き肉づめをメインに、レタスのサラダと、厚揚げと茗荷の味噌汁。自分の好みを覚えていてメニューに選んでくれる亜夜果の細やかな心遣いが嬉しい。もちろん、それらを忘れずに覚えていてくれたことも。

 心尽しの夕食を終え。食器も片付けて、尭司は亜夜果を目の前にして、心のうちを伝える。

「この間は、ごめん。亜夜果が嫌がることを、強要したりして」

「……だって、覚えていないんでしょう? 尭司のせいじゃないわ」

「それはそうなんだけど。でも、何があったのかは、……後で夢に見たんだ」

「え?」

「あの時は、頭に靄がかかったみたいに、思い出せなかったんだけど。このお守りを手に入れて、そうしたら、夢に出てきた。亜夜果にひどい言葉を浴びせて、無理強いしている俺の姿が、見えた」

「……そう」

「あれは、俺の本心じゃない……って言いたいんだけど」

「え?」

「心のどこかで、………ああ、もちろん、あんなひどい言葉は違うけど、亜夜果と、その、もっと色々深く結ばれたいとは、思っていたのは、本当で」

「……」

「ごめん。男って、どうしようもないね。手に入れたら、もっともっと、自分の、自分だけのものにしたくて、我が儘を言って困らせたいなんて。でも、これだけは絶対違うから。亜夜果の体をだけが目当てなんて、絶対ないから! 亜夜果の心も体も、丸ごと全部、大好きだから!」

「……飽きるまで?」

「飽きるわけない! いや、飽きるとか、そんなんじゃなくて……ああっもう!」

 堪えきれず、尭司は亜夜果を抱き締める。

 亜夜果がビクリ、と震えたが、そのまま強く、逃がさないように抱き締め続ける。

「ごめん! でも、そばにいるだけで、こんなに愛しくて! 顔を見た瞬間から、抱き締めたくて……だって、怖いんだ。抱き締めてないと……亜夜果がどこかに行ってしまいそうで。そんなことないって、分かっているけど。亜夜果を手に入れたら、嬉しくて愛しくてたまらないけど、同時に怖い。もし、亜夜果がいなくなってしまったらどうしようって。心のどこかで、ずっと怯えているんだ。亜夜果が、俺を嫌いになったらどうしようって、怖くて」

「嫌いになんて、ならないよ。……なれないよ。こうやって尭司に抱き締められると……やっぱり、嬉しくて」

 身を固くしながらも、亜夜果は、尭司を見つめて、微笑む。

 その微笑みごと飲み込むように、尭司は唇を重ねる。

 ゆっくりと舌をまとわせ、口内に潜り込む。

 念入りに上顎や舌下をまさぐると、亜夜果の喉の奥から、うめきにも似たあえぎ声が漏れる。

「……亜夜果、ちょっとひどいこと、言っていいかな?」

 そのまま亜夜果の体にのめり込んでしまいたい欲情を押さえ込み、何とか唇を離して、尭司はささやく。

「……なあに?」

「この間の、あれ……全部、俺の願望だ」

「……」

「あんな風に、亜夜果としたいって、確かに考えていた。いろんな体位とか、シチュエーションとか、……口でしてもらいたいな、とか。だから、やっぱり、あれも、俺なんだ」

「……」

「だけど、亜夜果に嫌な思いをさせたくないって、考えているのも、本当なんだ。俺の中で、二人の俺が、せめぎあっている。亜夜果を大切にしたい俺と、……亜夜果を支配したい、俺と」

「……尭司、好きにしていいよ? それで尭司の気が済むなら。それも、尭司の本心なんでしょう?」

 尭司の目を見つめる亜夜果の顔面に浮かぶのは、情欲でなく、悲壮な決意。

「……できないよ、そんなこと」

 一瞬、尭司の目に欲望の炎が揺らめいたが、それを押し込めるように目をつむって、尭司は首を横に振る。

 その拍子に緩んだ腕から、亜夜果は抜け出し。

「ちょっ……亜夜果?!」

 立ち上がり、ジーンズを脱いで。

 ロングTシャツが、ミニのワンピースのように亜夜果の太股の上半分を覆っているが、全てむき出しになっているよりも、むしろ扇情的に、その肌を肉感的に強調する。

「……好きに、して」

 尭司の前で膝立ちして、その首に腕を回す。
 そうすると、亜夜果の豊かな乳房が、Tシャツ越しに尭司の眼前に迫る。布越しに、その柔らかな弾力が見える。

「……本当に? 泣いても、止められないよ?」

 尭司は、ごくり、と思わず唾を飲み込む。

 いきり立った下半身が、解放を求めているの強く感じた。

 今までの自制は、淡雪のように消えてなくなり、激しい衝動にとって代わられる。

「……いいの」

 眉をひそめ目を伏せる亜夜果を下から見上げて、その顔を尭司は両手で乱暴に引き寄せて。

 再び唇を合わせる。
 先ほどよりも、さらに激しく、口内をまさぐり、音を立ててむさぼる。

 下方に手を伸ばし、Tシャツの裾に潜り込ませる。もっちりとした、吸い付くような亜夜果の肌をまさぐり、倒れこむようにして、床に亜夜果を押し倒し、下着ごと衣類を全て剥ぎ取る。

 生まれたままの亜夜果の肢体を目にして、尭司はクラクラする。

 思考に、靄がかかる。

 切なげな亜夜果の、泣きそうな顔を見て、昏い喜びに震える自分の気持ちを、尭司自身、信じられずにいた。

 これは……この感情は……!

 亜夜果を苛もうとする思念に、体が支配される。

「……好きに、して」

 まるで、尭司の内面の変化を感じ取ったかのように、先ほどと同じ言葉を口にする。

「……あや……」

 まるで殉教者のように、無抵抗に身を投げ出し。

 その顔に浮かぶのは、快楽への期待ではなく、決意。

 悲壮な思いを飲み込むように、固く目を閉じて。


「……違う……こんな……こんなの、違う」

 うわ言のように、尭司の口から漏れる声。

 それが自分のものなのか、自分を支配しようとする思念なのか、尭司にも分からなかった。

「これが、望みなんでしょう? 私の心を置き去りにして、快楽に身を任せて。私の体を、体だけを、むさぼって。……いいのよ。好きにして。それが尭司の望みなら、私は……体だけでいいなら……」

 ポロリ、と亜夜果の閉じた目元が光り、涙がこぼれる。

「亜夜果……違う、こんなの、違う! 亜夜果を体を手に入れても、心を失くしてしまうなら、意味ないだろう、なぁ?! お前は、何が欲しいんだよ?」

 ここにはいない誰かに語りかける尭司。

「……の……愛が………………しい」

「……尭司」

 絞り出すような尭司の声に、亜夜果は、静かに答える。

「愛してるよ。どんな尭司も。尭司が、好きだから。優しい尭司も、駄々をこねる尭司も、……強引な尭司も。それが、みんな尭司なら。丸ごと、好き、だから」

 穏やかな、ささやき。

 亜夜果の白い裸体が、霞む。

 尭司の頬に、涙がつたう。



【手に、入れた? 愛しい、私の、巫女を……本当に?】



 それは、まるで幼子のような、あどけない響きで。

 今まで尭司を支配しようとしていた暴力的なまでの、激しい思念ではなく。

 安堵してささやかな喜びに震えるような、穏やかな思念。

「亜夜果……」

 そっと、尭司は亜夜果を抱き締める。その体を亜夜果は抱き締め返す。




 泣きむせぶ尭司の涙をぬぐいとるように、亜夜果はその頬に、そっと、唇を這わせた。


 


 
 
 
 
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