トリムルティ~まほろばの秋津島に まろうどの神々はよみがえる~第二部 日沈む国から来たる彗星は光輪を蝕む

清見こうじ

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第11章 謀略の蜃気楼

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「お飾りとは言え、一応は最高神の依代だ。いないよりはマシ、そう思わない?」
 面白いから、晃=ケネス・香月について行く。
 事も無げにそう言い放った斎に詰め寄った加奈に、斎はさらに俊に対する揶揄の言葉を重ねた。それが加奈の怒りに火を注いでいることを分かって、楽しそうに口の端を歪める。
 
 そんな斎の意図を感じ取りながらも、加奈は怒りを抑えられない。

 英人の目には、加奈の目に宿った怒りが、怒気となって体にまとわりついているように見えた。
 まるで怒りを赤い陽炎のようにまとい、加奈は斎に詰め寄る。

「我が君を愚弄することは、許さな……グッ」

 その手を斎に伸ばそうとした刹那、斎は加奈の背後に回り、手刀で後頚部を軽く叩いた。
 
 倒れこむ加奈を、英人が慌てて受け止め、抱きかかえる。
「斎! お前、加奈に何てこと!!」
「大丈夫。脳には影響がないように、ツボを狙っているから。アキラが使ったかもしれない麻酔薬なんかより、よっぽど体にやさしいよ」
 
 斎の言葉に嘘がないことは英人も承知している。しかし、そもそも加奈をわざと怒らせるような言葉を選んで話していた斎に対して、英人自身も怒りを覚えていた。

「さて、三上さんが大人しくしているうちに、退散しようか、アキラ? ……ああ、せっかく英人が用意してくれた和菓子、食べそこなっちゃったな。ああ、代金はちゃんと唐沢宗家で出しておくから」

 そう言って、悠々とアキラとシンシア、恵麻を連れて、斎は店をあとにする。
 意識のない加奈を抱きしめたまま、動きの取れない英人は、彼らが出ていったドアを睨みつけた。

「……じきに意識は戻ります。ソファーに寝かせましょう」

 もう一人残された珠美が、そっと加奈の手首に触れ、脈を診る。
「体調には異常は起きていません。少し呼吸と脈が速いですが……感情が高ぶったせいですね。だんだん落ち着いてきていますから、心配ありません」

 英人は珠美に促されるまま、加奈の身体をソファーに横たえた。
 苦痛な表情はないが、まだ呼吸が浅く早い。

「……お前は、行かなくていいのか? 斎の……配下なんだろう?」
「……兄さまは、唐沢宗家はついて行かない、とおっしゃいました。斎兄さま、単独で、と。それに、私に命じられたのは『三上加奈を絶対守れ』というものですから。まだ、命令は撤回されていません」
「……斎は、唐沢宗家まで切り捨てたのか?」
「さあ? ともかくも、私は、忠実に命令を遂行するだけですから。加奈先輩を、二度とあんな目に合わせないように」
「……斎は、神の……クベーラの依代なのか? 加奈は、加奈も、やっぱり、誰かの?」

 それに、依代のことや、俊がシヴァの依代であることは、まだ加奈には伝えていなかったはずだ。
 けれど、加奈は俊がシヴァの依代であることを、何の抵抗もなく理解し、そして。

『我が君を愚弄することは、許さない』

 そう、はっきり口にした。
 それが、加奈自身の言葉とは思えない。『何か』が加奈の口を借りて発した言葉だとすれば、加奈は……。

「クベーラ……毘沙門天ですね。初耳ですけど。でも、唐沢宗家の始祖や歴代の総領が与した家や主には、毘沙門天信仰に厚い人物が見られることは確かです。戦国時代にも、いましたね。確かに、唐沢宗家には縁の深い神様ですね」

 言いながら、珠美はそっと、加奈の頬にかかる前髪を梳いてその手で呼吸を確かめる。
「……呼吸も落ち着きましたね。神降ろしは体に負担がかかりますから、早めに意識を手放してよかったです」
「神降ろし?」
「霊媒体質、とでも言うんでしょうか? どの神でも、というわけではないみたいですが、複数の神の魂を受け入れることが出来るみたいですね、加奈先輩。でも、体への負担も大きいようです。特に、本人の自覚がないから、心がついて行っていない分、余計に」
「……何か、聞いているのか?」
「加奈先輩を守る上での必要事項だからと、斎兄さまに」

 まあ、それ以外は、知らされていませんけどね、と珠美は悲し気に微笑んだ。

「……本当に、アイツはどこまで分かって、みんなに隠していたんだ……」

 それが斎の性格だと分かってはいたつもりだが。

 BBB……。

 英人のスマホが震えて、着信を知らせた。
 画面には俊の名前が表示されている。
『英人? 今、三上さんと一緒?』
 珍しく大きな、焦ったような俊の声がスマホから響く。
「ああ、どうした?」
『いや、何もなければいいんだけど……今、美矢が倒れて』
「和矢の妹が?」
『うん。なんで、三上さんに、何かあったんじゃないかと思ったけど、電話に出なくて』
「そうか。音を切っていたのかもな。……大丈夫、もう少ししたら、目を覚ますだろうから」
『目を? それ、やっぱり、何か?』
「大丈夫、体には異常はない。……今、和矢のところだよな? 確か。健太もいるんだろう?」
『うん、みんないるよ』
「そうか。じゃあ、加奈が目を覚ましたら、そっちに行くから。みんなにも待っていて欲しい」
『いったい? 何があったんだ?』
「電話じゃ話せない」

 納得がいかない様子で、けれど分かった、と俊は答えた。

 五月の事件の時にも、美矢は加奈とシンクロしていた。それ以前にも、危機に瀕した俊にシンクロしていたという。
 美矢がもし、シヴァの眷属神の依代ならば、可能性として高いのは……。そして、かの女神は……。

「そういうこと、なのか?」

 今、英人の目の前で眠っている可憐な少女。その姿からは想像できないほどの苛烈な怒りを表出して。
 英人は横たわる加奈を手をそっと握りしめる。

「……英人?」
 じっと手を握りしめていると、加奈が目を覚ました。

「……私、何を……?」
「……どこまで、覚えている?」

 体を起こしながら、加奈は額に手を当てる。眉間にしわが寄り、ぐっと歯を食いしばる。
「加奈……体調が?」
「大丈夫。少し、くらくらしただけ」

 はい、と珠美が冷たい水を汲んできて、加奈に差し出した。
 ありがとう、と答えて、加奈はグラスに口をつけ、その後一気に飲み干した。

「ものすごく、喉が渇いていたみたい。体が、すごく熱くて……まだ、どこか火照っているみたい」
 
 英人はそっと加奈の額や首筋に手の甲を添わせる。体熱感はないが、その手のひんやりした感触が気持ちよいのか、加奈は自分の手を添えて、英人の手の甲を頬ずりする。

「あの、加奈……」
 ちらっと珠美に視線を走らせると、加奈は慌ててその手を引っ込めた。

「お水、お代わりしますか?」
 何事もなかったかのように、珠美が水の追加を尋ねたので、加奈は恥ずかしそうにうなづいた。

 いつもは少女らしい天真爛漫な様子なのに、こういう時に顔色を変えずに対応するのは、やはり唐沢宗家の人間らしい冷静さである。
 お代わりの水をグラス半分ほど飲んで、ようやく落ち着いたらしい加奈に、英人は先ほどの質問を繰り返した。
「……斎君が、アキラについて行くって言って、それで、高天君をバカにするような言葉を言って……それからは、ほとんど覚えていないわ。ただ、すごく腹が立って……目の前が真っ赤になった」
「俊が依代だって、その意味は、分かっていた?」
「……何かの力が、高天君に宿っているって、ことよね。それが、神? ってことなの? ……英人、あなたも?」
「加奈も、かもしれない」

 言外に肯定するが、軽く目を見開いただけで、加奈は目を伏せた。
「……時々、自分の中の何かが、私の記憶を奪っていくの。とても大切な、大事なことを考えていたはずなのに、その内容が、すっぽりと抜け落ちて。私の中に、私ではない『何か』がいるんだなって、うっすら感じては、いたの」
「……僕らのような人間が受け入れるには、大きすぎる力なんだよ。俊も、その力が降りてきた時に、自分が何を言っていたか、はっきりとは覚えていなかった。僕自身は、まだよく分からないけれど」
「高天君も? ……斎君も?」
「斎は……よく分からない。どこまで知っていて、どこまで本気なのか。ただ、実際にアキラについて行ってしまったことは、事実だ」
「……珠ちゃんは、よかったの? 斎君について行かなくて」
 
 加奈が意識を失っていた時の、英人と同じ問いかけをして。
「加奈先輩を守れ、というのが斎兄さまの命令ですから。そして、唐沢宗家は連れていかない、と。私は、私たちはそれに従うまでです」

 たとえ、何も知らなくても。

 新幹線ホームでのやり取りを、加奈は思い出した。
 全幅の信頼と忠誠で、珠美や唐沢家の人間は、斎に従うというのだろうか?
 それは、万が一、斎が俊や美矢、加奈が大切に思う人間を害することを命じれば、敵に回るということでもあって。

「ひとまず、遠野家に行きましょうか? おそらく巽も向かっているはずです。斎兄さまが不在の時には、巽に従うように指示されています」

 斎は、いったいどこまで予測して動いていたのか。
 その周到さに、英人は目の前が暗くなる。

 もっとも敵に回してはいけない人間が、アキラ側についてしまったのではないだろうか。

「あ、せっかくだから、お菓子、持って行っていいですよね? 茶葉も下さい」

 場にそぐわない珠美の陽気な声を聴き、途端に気が抜けた。

「どうぞ」

 けれど、肩の力が抜けて、英人はほんの少しだけ、気が楽になった。
 遠野家に行けば、みんながいる。

 俊も、健太も……和矢も。

 仲間、という存在を生まれて初めて強く意識した気がする。
 そして、自分が守るべき存在が、今、隣にいてくれる。

 加奈に顔を向けると、目が合った。まだ不安そうだが、無言で、大丈夫、というように微笑み、しっかりうなづいた。
 
 この笑顔を、絶対に守って見せる。

 強い決意に、脳内で賛同する声が、英人を励ました。

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