トリムルティ~まほろばの秋津島に まろうどの神々はよみがえる~第一部 兆しは日出ずる国に瞬く

清見こうじ

文字の大きさ
11 / 58
第三章 黄昏の魔性

2

しおりを挟む
 これで、だいたい終わりかな。
 まだ、校内は所々ざわめいているが、加奈のいる美術部の展示スペース周辺は、廊下を歩く人の姿もまばらだった。

 宴の後、か。

 準備は忙しかったが、始まってしまえば、大きなトラブルもなく、あっけなく過ぎてしまった。
 先週の騒ぎで、もしかしたら展示物を荒らされるかもしれないという恐れもあったので、当番のシフトを多くしてみたが、何も起きなかった。
 幸い、真実が入部してくれたので、それほど皆の負担はふやさなくてすんだ。
 が、気負いが大きかった分、充実感よりも疲労感の方が強かった。
 これで一区切りついた、という寂寥感もあるのかもしれない。
「うー、まだ片付けもあるんだし、気合い入れなくちゃ!」
 自分に言い聞かせるように、ひとりごちて、軽く伸びをする、と。
 人の気配を感じて振り向いた。
 てっきり、部員の誰かが早めに戻ってきたのかと思ったが。

「もう、おしまいですか?」
 やや低めだが、甘さを感じるテノールの声。

 声を掛けて入ってきたのは、一人の若い男性。
「……」
「あの?」
「あ、大丈夫です。どうぞ!」
 思わず言葉を失うほどの、美しい青年だった。
 癖のない黒髪を、後ろは襟足辺りでカットされているが、前髪は顔が半分隠れてしまうほど長く伸ばしている。
 片側はそのまま、左側は無造作に耳ばさみで後ろに流している。
 見え隠れする目元は切れ長で、唇がやや薄めなのが、やや酷薄そうな印象を与え、何処と無く淫靡な感じもする。
 夕陽の差し込む中、その人の姿形は、より一層濃い影を落とし、顔の陰影が際立って、ただならぬ雰囲気が漂う。

 禍々しい美しさ。
 黄昏の中に現れた、魔性の美貌。
 その薄い唇が、不意に開かれた。

「あの……」
「……あ、はい?」
「何だか部屋が薄暗くて。絵が良く見えないんで、電気付けてもいいですか?」
「あー! すみません!」
 慌てて出入り口付近にある室内灯のスイッチを入れる。
 パッと室内が明るくなり、夕闇は消える。

 ……普通の、人よね?

 電灯の明るい光のもとで見る彼は、確かに際立った顔立ちではあったが、禍々しさなど微塵もなかった。
 ……夕暮れのせいかしら?
 熱心に作品に見入る姿は、好もしいとさえ言える。
 ふと、男性の足が止まった。
 一枚の絵の前で、ジッと佇み、長々と見入っている。

「……三上、加奈」
「はい?」

 唐突に名前を呼ばれて、反射的に返事をしてしまった。
「あ、すみません……あなたが三上さんなんだ? この絵の」
 男性が振り向いて、ニッコリと笑う。
 彼が見入っていたのは、加奈の作品だった。
 美矢をモデルにした、コンテの、シンプルな肖像画。
 新入部員歓迎(?)のデッサン大会で書いたものだった。
「いい絵だなって、思って」
「モデルがいいから……」
 デッサンのみに留めたのは、色をいれた、キチンとした作品として、仕上げる自信がなかったから。
 時間的なことではなく、自分の技量に自信が持てなかった。
 いつもなら、多少無理目でも挑戦してみるのに、この絵だけは何だかこれ以上手を加えるのが躊躇われ、結局デッサンのままにした。
 そのままお蔵入りも残念なので、定着液をかけ、展示してみたのだが。

「確かにモデルの子は美人みたいだね。本人を見てないから何とも言えないけど、きっと、凛とした、芯の強い子なんだろうね。でもどこか脆い部分も感じる……」
「……そうですね」
 それは、美矢の気質をピタリと言い当てていた。
 意志が強く、責任感もあり、良くも悪くも他人に左右されない。
 だけど、世間なれしてないと言うか、兄の和矢に比べて柔軟性が足りない。
 そんな不器用な所も加奈は可愛いと思うのだが、美矢自身は、その為に起きる大小の摩擦に思い悩んでいる節がある。
 おまけに、自分で抱え込んでしまっている。
 先日の騒動でも、叩いたのは良くないが、俊の言っていたことは間違っていない。
 幸い巽が気付いて知らせてくれたからよかったものの、場合によっては、ケガくらいではすまなかったかもしれない。
 誰かに助けを求めることも必要なのに、美矢はそれをしない。

 日本と海外を行ったり来たりで、今まで自力で何でもやらなければいけなかったのだろうか?
 それは和矢も同じはずなのだけど。
 兄の負担になりたくないと思っているのか、それとも、助けを求めることが出来る程、信頼できる者が周りにいなかったのか。

 ……オイタワシヤ、ワガキミ……。

 …………。
 え?
 どこからか悲しげな声が聞こえた。
 気のせい……?
 
 声の主を探そうとして、意識を巡らした瞬間、その思考自体が、加奈の脳裏から、すっぽり抜け落ちた。
 不思議な声の、記憶と共に。

「……この子は、美術部の人なんですか?」
 ぼんやりしていると、再び男性が話しかけてきた。
「……あ、そうですね」
 抜け落ちた記憶の間を埋めるように、ワンテンポ遅れて答えてから、彼の興味深そうな眼に気付く。

 ……やっぱり、気になるのかな?
 誰が見ても文句なしの美少女だもんね。

 加奈は、自分も十分文句なしの美少女の範疇に有ることを、あまり自覚していない。
「そう、彼女と仲がいいんだね」
 紹介してほしいなんて言うんじゃ……。
 何となく、加奈は不快な気分だった。
 そりゃ、美矢ちゃんは可愛いけど……。

「ナンパはお断りします」

 思わず口にして、加奈は後悔した。
 まだ、何とも言ってないのに、変なこと言っちゃったよ……。

 加奈の言葉に、彼は一瞬鼻白んで、それからクスリと笑った。

「一目惚れなんだけどなあ」

 加奈は胸の奥がチリチリするのを感じた。
 何だか息苦しい。

「君の絵に」
 美矢の肖像画を見て、それから。
「それから、君に」

 男性は、ジッと、加奈の目を見つめた。

 魅入られたように、加奈は、彼の瞳を見つめ返した。

 
 息をするのも忘れてるほど、一心に。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...