26 / 58
第七章 嵐呼ぶ遭遇
1
しおりを挟む
「でね、秋の限定はサツマイモ入りスフレなんだよ。絶対食べたくて、また行ってきたんだ。トッピングのクリームにもサツマイモが練りこんであってね。ホント、フワフワでおいしかったぁ。また食べたい!」
珠美の、加奈とその恋人を見かけたショッピングセンターの話題は、新作のスイーツの感想に移っていた。
「……ちょっと僕には甘すぎ……」
珠美に付き合わされてショッピングセンターのホットケーキ専門店に足を運んだらしい巽が、ややげんなりして口をはさむ。
「そう? 男の人でも、甘いもの好きな人にはいいみたいだけど」
「加奈先輩の彼氏さんは、甘いもの好きなんですか?」
「どちらかと言えば、好きみたい」
再び加奈の恋人に話題が戻るが、開き直ったのか、加奈は照れながらも質問に答えるようになった。
「わー意外! なんかブラックコーヒーとか頼みそうな感じなのに。でもそんな意外性もギャップ萌えですね」
「え? え、まあ。たいていカフェラテとかミルクティ頼んでたけど」
「私気が合いそうです! 今度一緒にカフェでダブルデートしましょう」
「珠美ちゃん、迷惑だって……」
加奈の恋人の話題に、テンションを上げまくる珠美を、巽が必死に抑え込む。
「……いいな」
ぼそっと美矢がつぶやく。
「美矢も行きたいの?」
小さな声を、しっかり和矢が拾い上げる。
「うん、行ってみたい」
「じゃあ、僕と行こうか?」
「……いやよ、兄妹でなんて」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってないし。この流れで兄妹で行くなんて……むなしい」
そっぽを向く美矢を、からかいを含んだ視線で見つめた後、すっと逸らし。
「じゃあ、俊君と行ってくれば?」
「……え?」
会話には混じらず、ひとり画集を眺めていた俊は、突然話題を振られて、言葉に詰まる。
「あ、話聞いていなかったかな? ホットケーキ、美矢が食べに行きたいんだって」
「……え、あ……」
画集を見ていたが、話を聞いていなかったわけではない。
部活内が、いつになく恋愛話で盛り上がっている様子に気後れしつつも、微笑ましく眺めていた。クラスでもそんな話でにぎやかになることもあるが、いつもは浮ついた雰囲気に軽い疎外感もあり、意識して無関心でいたのに。
美矢や真実が入部し、女性比率が上がったことで、耳にする頻度が上がった女子特有の甲高い声にも慣れて、楽しそうだと認識するようになったのか、はたまた対象が気の置けない部活仲間であることで興味を持つようになったのか。
俊自身、心境の変化に戸惑いつつも、その手の話題にも抵抗は感じないようになっていた。とはいえ。
「あ、その……」
急に自分に振られると、どう答えてよいか分からない。
「ね、かわいい妹の望みを叶えてくれないか」
「兄さん、やめてよ! 高天先輩、困っているじゃない!」
珍しく俊をからかい続ける和矢に、美矢が怒気を露わに制止する。
「ごめんなさい、先輩、気にしないで……」
「あ、いや……あの、ホットケーキは、あんまり」
「ですよね。私と行けなんて、困りますよね」
微笑みつつも、ほんの少し、美矢は伏目がちになり、それが表情を暗く見せた。
「そうじゃなくて……甘いものは……ちょっと、苦手な……だけで」
「え!? だったら、甘くないものだったら誘ってもいいですか?」
目を瞬かせ、食い気味に美矢は言葉をかぶせ、すぐ真顔に戻り。
「えっと……部のみんなと一緒……なら、いいですか?」
美矢はシュンとして、小さな声で言い訳めいた言葉をつなげる。
その頬が赤く染まる様子が、なんともいじらしく感じて、俊はいつになくはっきりした口調で返答する。
「いいよ」
途端満面の笑顔になる美矢に、俊は胸の奥が、なんだか温かくなる。
……二人の様子を、部員全員が微笑ましく見守っていることには気づいていなかった。
「きゃっ!」
突然、窓ガラスからガタガタと鳴り、冷たい風が吹き込んできた。
加奈は思わず声を上げた。
見れば落ち葉が、窓ガラスに吹き付けて、音を立てている。
「風、強くなってきたね」
和矢が換気のため数センチ開けてあった窓を閉め、クレセント錠をかけた。
「台風が近づいているって、天気予報で言っていたものね」
言いながら、加奈はスマホを取り出し、気象予報を検索する。
「……うわ、台風の進路変わったみたい。上陸するかもしれないって」
「今日は早めに終わりにして帰った方がいいかもしれないね」
「そうね」
窓を揺らす冷たい風に、水を浴びせられたように熱が冷め、皆、真顔になる。
そのまま、その日は解散となった。
「あの、高天先輩」
帰り際、美術室の出口で、美矢が俊を呼び止めた。
「……約束ですからね」
真剣な目で、それだけ言って、急に赤くなって「お先に」と走り去る美矢を見送り、俊は再び胸の奥が温かいぬくもりで満たされたように感じた。
珠美の、加奈とその恋人を見かけたショッピングセンターの話題は、新作のスイーツの感想に移っていた。
「……ちょっと僕には甘すぎ……」
珠美に付き合わされてショッピングセンターのホットケーキ専門店に足を運んだらしい巽が、ややげんなりして口をはさむ。
「そう? 男の人でも、甘いもの好きな人にはいいみたいだけど」
「加奈先輩の彼氏さんは、甘いもの好きなんですか?」
「どちらかと言えば、好きみたい」
再び加奈の恋人に話題が戻るが、開き直ったのか、加奈は照れながらも質問に答えるようになった。
「わー意外! なんかブラックコーヒーとか頼みそうな感じなのに。でもそんな意外性もギャップ萌えですね」
「え? え、まあ。たいていカフェラテとかミルクティ頼んでたけど」
「私気が合いそうです! 今度一緒にカフェでダブルデートしましょう」
「珠美ちゃん、迷惑だって……」
加奈の恋人の話題に、テンションを上げまくる珠美を、巽が必死に抑え込む。
「……いいな」
ぼそっと美矢がつぶやく。
「美矢も行きたいの?」
小さな声を、しっかり和矢が拾い上げる。
「うん、行ってみたい」
「じゃあ、僕と行こうか?」
「……いやよ、兄妹でなんて」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってないし。この流れで兄妹で行くなんて……むなしい」
そっぽを向く美矢を、からかいを含んだ視線で見つめた後、すっと逸らし。
「じゃあ、俊君と行ってくれば?」
「……え?」
会話には混じらず、ひとり画集を眺めていた俊は、突然話題を振られて、言葉に詰まる。
「あ、話聞いていなかったかな? ホットケーキ、美矢が食べに行きたいんだって」
「……え、あ……」
画集を見ていたが、話を聞いていなかったわけではない。
部活内が、いつになく恋愛話で盛り上がっている様子に気後れしつつも、微笑ましく眺めていた。クラスでもそんな話でにぎやかになることもあるが、いつもは浮ついた雰囲気に軽い疎外感もあり、意識して無関心でいたのに。
美矢や真実が入部し、女性比率が上がったことで、耳にする頻度が上がった女子特有の甲高い声にも慣れて、楽しそうだと認識するようになったのか、はたまた対象が気の置けない部活仲間であることで興味を持つようになったのか。
俊自身、心境の変化に戸惑いつつも、その手の話題にも抵抗は感じないようになっていた。とはいえ。
「あ、その……」
急に自分に振られると、どう答えてよいか分からない。
「ね、かわいい妹の望みを叶えてくれないか」
「兄さん、やめてよ! 高天先輩、困っているじゃない!」
珍しく俊をからかい続ける和矢に、美矢が怒気を露わに制止する。
「ごめんなさい、先輩、気にしないで……」
「あ、いや……あの、ホットケーキは、あんまり」
「ですよね。私と行けなんて、困りますよね」
微笑みつつも、ほんの少し、美矢は伏目がちになり、それが表情を暗く見せた。
「そうじゃなくて……甘いものは……ちょっと、苦手な……だけで」
「え!? だったら、甘くないものだったら誘ってもいいですか?」
目を瞬かせ、食い気味に美矢は言葉をかぶせ、すぐ真顔に戻り。
「えっと……部のみんなと一緒……なら、いいですか?」
美矢はシュンとして、小さな声で言い訳めいた言葉をつなげる。
その頬が赤く染まる様子が、なんともいじらしく感じて、俊はいつになくはっきりした口調で返答する。
「いいよ」
途端満面の笑顔になる美矢に、俊は胸の奥が、なんだか温かくなる。
……二人の様子を、部員全員が微笑ましく見守っていることには気づいていなかった。
「きゃっ!」
突然、窓ガラスからガタガタと鳴り、冷たい風が吹き込んできた。
加奈は思わず声を上げた。
見れば落ち葉が、窓ガラスに吹き付けて、音を立てている。
「風、強くなってきたね」
和矢が換気のため数センチ開けてあった窓を閉め、クレセント錠をかけた。
「台風が近づいているって、天気予報で言っていたものね」
言いながら、加奈はスマホを取り出し、気象予報を検索する。
「……うわ、台風の進路変わったみたい。上陸するかもしれないって」
「今日は早めに終わりにして帰った方がいいかもしれないね」
「そうね」
窓を揺らす冷たい風に、水を浴びせられたように熱が冷め、皆、真顔になる。
そのまま、その日は解散となった。
「あの、高天先輩」
帰り際、美術室の出口で、美矢が俊を呼び止めた。
「……約束ですからね」
真剣な目で、それだけ言って、急に赤くなって「お先に」と走り去る美矢を見送り、俊は再び胸の奥が温かいぬくもりで満たされたように感じた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる