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第十四章 蒼き氷雪の曙光
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何が、何が起きているの?
あまりにも目まぐるしい展開に、真実の思考が追い付かない。
健太とのデートを楽しみながら、俊達とは反対側の道を回って、健太と二人で「赤いリンゴのモニュメント」を目指し。
展望台から望む暗い山並みを背景に浮かび上がる赤い光のもと、最初に目に入ったのは、俊と美矢の姿だった。だが、二人は慌てたように、リンゴのオブジェから離れていく。その後を、真実達も慌てて追いかける。
その先にあったのは、別の人影。加奈と、英人。だが、人影は二つだけではなかった。低い位置で蠢いていた、もう一つの影が、立ち上がり、英人に向かい……。
気が付いた時には、その間に加奈の姿があった。
英人に斜めに覆いかぶさりながら、英人ごと倒れこむ。脱力していく加奈の左わき腹には、一本の棒が突き刺さっている。現地にたどり着いた真実が、それが、ナイフの柄だと気付いた時には、すでにコートが血に染まっていた。
「加奈先輩!」
「いやあーっ! 加奈! 加奈! どうして?!」
「だめだ! 刃物を抜けば、一気に出血する!」
健太が加奈の背中に手を伸ばそうとする真実や美矢を引き留める。
「……加奈?」
抑揚のない声で、英人がつぶやく。
「か、な……?」
壊れたレコーダーのように、切れ切れに「か」と「な」の音を繰り返し、その体を抱きしめる。ナイフを抜かないように注意して、健太が自分のマフラーを傷口の周囲に当てて圧迫するが、血が止まらない。そんな健太の姿も、英人の目には映っていない様子だった。
「そ、その女が、勝手に! マリカは! 悪くない!」
三つ目の影……マリカはわめき続けていたが、その声も耳に入らない様子だった。
うるさい! マリカ! 何てことしたのよ! 刃物なんて振り回して!
怒りで頭がいっぱいになりすぎて、真実は言葉も出ない。
だれか! そのバカ、黙らせて!
真実の無言の期待に応えるように、マリカが昏倒した。神経が高ぶりすぎたのかもしれない。白目をむいて仰向けに倒れた姿に、正直真実は気持ちが少しすっとした。介抱もせず、放置する。
が、だからと言って加奈の状態が改善したわけではない。
「……加奈? 加奈?」
血に濡れた手で加奈の体を抱きしめる英人。その手の隙間で傷口を圧迫する健太の手も、すでに血まみれだ。加奈の顔色がどんどん青ざめて、白くなっていくのが夜目にも分かる。
「え……いと、泣か、な……で……」
血を吐きながら、言葉を紡ぐ加奈。その指先が英人の口元をなぞって、ぱたりと落ちる。
その瞬間! 耳をつんざくような雷が、周囲に落ちた。木々を装飾していたイルミネーションのLEDライトが音を立てて割れ、炎が木々を包んだ。
「真実! 救急車だ! 消防車も! とにかく、早く処置しないと、このままじゃ……!」
「え、あ、えっと、救急車、九九番? じゃない!」
「一一九番!」
「はい、一一九番に! って! スマホつながってない!」
会場についた時は、つながっていたはずだ。珠美もメールを受け取っている。先程の落雷で、電波塔に影響が出たのかもしれない。それとも、Wi-Fiの機械?
反応しないスマホを、真実は懸命に振り回す。
確かお母さんが、電波が弱いとこうして振り回していた!
パニックになって、藁をもつかむ思いで色々試すが、一向に通信はつながらない。
「畜生! 血が止まらない! おいエイト! 呆けている場合じゃねーぞ! お前の大事な女が死にかけているんだぞ! しっかりしろ! Eight!」
「……イェット?」
エイトは加奈ではない名を呼び、フッと目の焦点が戻る。すがるようなその瞳を見て、健太は幼い日の小さな友人を思い出す。
「そうだよ! イエットだよ! いいか? とにかく、少しでも出血を少なくするためにも、加奈さんから手を離せ。傷口を上にして体を横にするんだ。傷口は俺が押さえているから。お前は、手を握って名前を呼んでいろ!」
英人は、素直に加奈を抱きしめていた手を緩める。すかさず美矢がコートを脱いで加奈の体の下に敷きこむ。その体を俊が下から支え持つ。斜めうつぶせに横たえた加奈の体が予想以上に冷たかったのか、俊の顔も青ざめる。
加奈の熱を奪って燃え盛るかのように、周囲から炎が迫ってきていた。
「健太、代わる。とにかく押さえつければいいのか?」
周りの火事に煽られて、初冬なのに熱風が吹き付ける。汗だくの健太を見かねて、俊が交代を申し出る。
「外の傷はな。血を吐いているから、肺かどこかも切れているかもしれない。そっち側を押さえてくれ。あ、手に傷はないよな? ナイフを抜かないように、傷口の周囲を囲うように手に体重をかけて圧迫するんだ。ナイフの刃には触れないように気を付けて」
血に濡れた傷口はぬめっていて手を滑らせそうで怖い。思った以上に神経も体力も使う。
二人がかりで必死に圧迫をし続ける。出血は治まってきたが、加奈の顔色はどんどん悪くなってくる。
「場所が悪いな。脾臓を傷つけたかもしれない」
唇をかみしめながら、健太がうめいた。汗が目に入ったのか、何度もまばたきをしている様子が、涙をこらえているように見えて、俊は益々悲痛な気持ちになる。真実も気づいて、スマホ片手に健太の目元をハンカチでぬぐう。
「何とか呼吸はある。医療班が向かっている。すぐに駆け付ける。だが、この火、マズいな」
駆けつけてきた斎が、すぐに加奈の容態を確認する。
「予想以上に火の回りが早い。しばらく雨もなかったから、空気も乾燥しているんだ。このままだと山火事になる」
苦虫を嚙み潰したような斎の表情から、かなり事態が深刻なことが伝わる。
自分達にも身の危険が迫ってきている。そして何より、今この手の先で、命の火が消えようとしている、加奈。
心音が、命の脈打つ感触が、徐々に弱まってきているのが、衣類越しでも伝わる。俊の額に、汗が流れる。幾筋も頬を伝って落ちる汗を、今度は美矢がハンカチでそっと拭き取った。
「ありがとう」
美矢に礼を述べ、それから目の前で加奈の手を握りしめ、名前を呼び続けるエイトを見る。
エイト、それが『シバ』の本名らしい。こいつが、本当に自分を苦しめていた、あの時の『シバ』なのか? あまりにも違うその様子に、俊は戸惑っていた。
『泣かないで』と加奈は確かに言っていた。けれど、エイトは、悲痛な顔はしているが、泣いてはいない。泣いてはいないが。
先ほどの落雷。あれが、エイトの力に寄るものならば。声にも涙にもならない慟哭の表れであるのなら。空を切り裂くほどの悲嘆なのだとしたら。
結果的に、周囲が巻きこまれて、甚大な被害が生じている事実はさておき。そこまで深く加奈を愛する気持ちは、俊にも理解できた。エイトとは別の形であるが、自分にとっても、加奈は大切で大事な存在なのだ。
(相変わらず、全身全霊で愛するのだな)
どこからか、響く声。
(己が身を守ることもせず、愚かな娘。だが、その献身を、我もまた、愛する)
そうだよ。三上さん、何て馬鹿なことをしたんだ。こんな男を守って、死にかけるなんて、馬鹿だよ。……でも、三上さんだから、そうしたんだって、納得してしまえるのが、ちょっと悔しいな。
俊の汗をぬぐい続ける美矢の手のもう一方が、いつの間にか俊の肩に添えられていた。
俊を見つめるその瞳は、半分涙で濡れていた。加奈の傷口を押さえる自分の手が空いていないため、その涙をぬぐうこともできない。だから、代わりに。
「大丈夫。絶対助ける」
何の保証も、根拠もなく。
けれど、自信を持って、伝える。
それに応えるかのように、美矢の手にぬくもりが増す。周囲の暴力的な熱気とは違う、冷たいぬくもりを、感じた。
あまりにも目まぐるしい展開に、真実の思考が追い付かない。
健太とのデートを楽しみながら、俊達とは反対側の道を回って、健太と二人で「赤いリンゴのモニュメント」を目指し。
展望台から望む暗い山並みを背景に浮かび上がる赤い光のもと、最初に目に入ったのは、俊と美矢の姿だった。だが、二人は慌てたように、リンゴのオブジェから離れていく。その後を、真実達も慌てて追いかける。
その先にあったのは、別の人影。加奈と、英人。だが、人影は二つだけではなかった。低い位置で蠢いていた、もう一つの影が、立ち上がり、英人に向かい……。
気が付いた時には、その間に加奈の姿があった。
英人に斜めに覆いかぶさりながら、英人ごと倒れこむ。脱力していく加奈の左わき腹には、一本の棒が突き刺さっている。現地にたどり着いた真実が、それが、ナイフの柄だと気付いた時には、すでにコートが血に染まっていた。
「加奈先輩!」
「いやあーっ! 加奈! 加奈! どうして?!」
「だめだ! 刃物を抜けば、一気に出血する!」
健太が加奈の背中に手を伸ばそうとする真実や美矢を引き留める。
「……加奈?」
抑揚のない声で、英人がつぶやく。
「か、な……?」
壊れたレコーダーのように、切れ切れに「か」と「な」の音を繰り返し、その体を抱きしめる。ナイフを抜かないように注意して、健太が自分のマフラーを傷口の周囲に当てて圧迫するが、血が止まらない。そんな健太の姿も、英人の目には映っていない様子だった。
「そ、その女が、勝手に! マリカは! 悪くない!」
三つ目の影……マリカはわめき続けていたが、その声も耳に入らない様子だった。
うるさい! マリカ! 何てことしたのよ! 刃物なんて振り回して!
怒りで頭がいっぱいになりすぎて、真実は言葉も出ない。
だれか! そのバカ、黙らせて!
真実の無言の期待に応えるように、マリカが昏倒した。神経が高ぶりすぎたのかもしれない。白目をむいて仰向けに倒れた姿に、正直真実は気持ちが少しすっとした。介抱もせず、放置する。
が、だからと言って加奈の状態が改善したわけではない。
「……加奈? 加奈?」
血に濡れた手で加奈の体を抱きしめる英人。その手の隙間で傷口を圧迫する健太の手も、すでに血まみれだ。加奈の顔色がどんどん青ざめて、白くなっていくのが夜目にも分かる。
「え……いと、泣か、な……で……」
血を吐きながら、言葉を紡ぐ加奈。その指先が英人の口元をなぞって、ぱたりと落ちる。
その瞬間! 耳をつんざくような雷が、周囲に落ちた。木々を装飾していたイルミネーションのLEDライトが音を立てて割れ、炎が木々を包んだ。
「真実! 救急車だ! 消防車も! とにかく、早く処置しないと、このままじゃ……!」
「え、あ、えっと、救急車、九九番? じゃない!」
「一一九番!」
「はい、一一九番に! って! スマホつながってない!」
会場についた時は、つながっていたはずだ。珠美もメールを受け取っている。先程の落雷で、電波塔に影響が出たのかもしれない。それとも、Wi-Fiの機械?
反応しないスマホを、真実は懸命に振り回す。
確かお母さんが、電波が弱いとこうして振り回していた!
パニックになって、藁をもつかむ思いで色々試すが、一向に通信はつながらない。
「畜生! 血が止まらない! おいエイト! 呆けている場合じゃねーぞ! お前の大事な女が死にかけているんだぞ! しっかりしろ! Eight!」
「……イェット?」
エイトは加奈ではない名を呼び、フッと目の焦点が戻る。すがるようなその瞳を見て、健太は幼い日の小さな友人を思い出す。
「そうだよ! イエットだよ! いいか? とにかく、少しでも出血を少なくするためにも、加奈さんから手を離せ。傷口を上にして体を横にするんだ。傷口は俺が押さえているから。お前は、手を握って名前を呼んでいろ!」
英人は、素直に加奈を抱きしめていた手を緩める。すかさず美矢がコートを脱いで加奈の体の下に敷きこむ。その体を俊が下から支え持つ。斜めうつぶせに横たえた加奈の体が予想以上に冷たかったのか、俊の顔も青ざめる。
加奈の熱を奪って燃え盛るかのように、周囲から炎が迫ってきていた。
「健太、代わる。とにかく押さえつければいいのか?」
周りの火事に煽られて、初冬なのに熱風が吹き付ける。汗だくの健太を見かねて、俊が交代を申し出る。
「外の傷はな。血を吐いているから、肺かどこかも切れているかもしれない。そっち側を押さえてくれ。あ、手に傷はないよな? ナイフを抜かないように、傷口の周囲を囲うように手に体重をかけて圧迫するんだ。ナイフの刃には触れないように気を付けて」
血に濡れた傷口はぬめっていて手を滑らせそうで怖い。思った以上に神経も体力も使う。
二人がかりで必死に圧迫をし続ける。出血は治まってきたが、加奈の顔色はどんどん悪くなってくる。
「場所が悪いな。脾臓を傷つけたかもしれない」
唇をかみしめながら、健太がうめいた。汗が目に入ったのか、何度もまばたきをしている様子が、涙をこらえているように見えて、俊は益々悲痛な気持ちになる。真実も気づいて、スマホ片手に健太の目元をハンカチでぬぐう。
「何とか呼吸はある。医療班が向かっている。すぐに駆け付ける。だが、この火、マズいな」
駆けつけてきた斎が、すぐに加奈の容態を確認する。
「予想以上に火の回りが早い。しばらく雨もなかったから、空気も乾燥しているんだ。このままだと山火事になる」
苦虫を嚙み潰したような斎の表情から、かなり事態が深刻なことが伝わる。
自分達にも身の危険が迫ってきている。そして何より、今この手の先で、命の火が消えようとしている、加奈。
心音が、命の脈打つ感触が、徐々に弱まってきているのが、衣類越しでも伝わる。俊の額に、汗が流れる。幾筋も頬を伝って落ちる汗を、今度は美矢がハンカチでそっと拭き取った。
「ありがとう」
美矢に礼を述べ、それから目の前で加奈の手を握りしめ、名前を呼び続けるエイトを見る。
エイト、それが『シバ』の本名らしい。こいつが、本当に自分を苦しめていた、あの時の『シバ』なのか? あまりにも違うその様子に、俊は戸惑っていた。
『泣かないで』と加奈は確かに言っていた。けれど、エイトは、悲痛な顔はしているが、泣いてはいない。泣いてはいないが。
先ほどの落雷。あれが、エイトの力に寄るものならば。声にも涙にもならない慟哭の表れであるのなら。空を切り裂くほどの悲嘆なのだとしたら。
結果的に、周囲が巻きこまれて、甚大な被害が生じている事実はさておき。そこまで深く加奈を愛する気持ちは、俊にも理解できた。エイトとは別の形であるが、自分にとっても、加奈は大切で大事な存在なのだ。
(相変わらず、全身全霊で愛するのだな)
どこからか、響く声。
(己が身を守ることもせず、愚かな娘。だが、その献身を、我もまた、愛する)
そうだよ。三上さん、何て馬鹿なことをしたんだ。こんな男を守って、死にかけるなんて、馬鹿だよ。……でも、三上さんだから、そうしたんだって、納得してしまえるのが、ちょっと悔しいな。
俊の汗をぬぐい続ける美矢の手のもう一方が、いつの間にか俊の肩に添えられていた。
俊を見つめるその瞳は、半分涙で濡れていた。加奈の傷口を押さえる自分の手が空いていないため、その涙をぬぐうこともできない。だから、代わりに。
「大丈夫。絶対助ける」
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