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第3話 はじまりの前の前
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……って、シビアな状況に、産まれてきてしまったわけではあるが。
「最後の子供」なんて、御大層な存在になったことを、レミ本人は全く自覚していなかった……カッコ過去形。
5年前、レミが10歳になって半年ばかり過ぎた夏のある日。
コカル諸島の西側を流れる寒流の影響で、夏でも比較的涼しいカロナー島でも、夏の盛りはやっぱり暑い。
この日も朝からうだるような熱気に包まれ、朝早く農作業を済ませたあと、煮炊きに使う薪集めを口実に、森の奥深くにある泉にやってきた。
夏でも冷たい水が湧く泉は、その周囲もひんやりとしてとても涼しい。
森の獣を怖れて、島の人々は近付かないが、妖霊憑きのレミには、獣の方が近付いてこない。
別に敵意を持たれなければ危害を加える気もないが(正直、10歳の頃のレミには、まだ攻撃の仕方など分かっていなかった)、村にいる犬や猫ですら、最初はレミを避ける。
レミが寝起きする聖堂の離れに元々住んでいる年寄り猫たちは、さすがに馴れたのか逃げ出しはしないものの、あまりそばによってこない。子猫はいきなり距離を詰めると大恐慌に陥る。
幼い頃、突然抱き上げようとしたら、毛を逆立てて失神してしまった。びっくりしたレミも「殺してしまった!」とショックで大泣きし、世話役の巫女たちが子猫をレミから引き離したあと、体をさすって意識を取り戻し、レミも何とか落ち着いた。それ以来、よってくるまでは決して触ろうとしないよう言い含められた。件の子猫は無事成長し、今はたまに背中を撫でさせてくれる。
話が逸れたが、とりあえずレミの方から追い詰めない限りは、遠巻きに見守るか、身を隠すかしてくれるので、獣に襲われる心配はない。
逆にレミを狩に連れていくこともできないが(これは、後年やり方を学んで、気配を消して狩にいくことも可能になった)。
そんなわけで、安全に人目を避けて、ひんやりとした泉で暑い昼間をやり過ごしていたレミのもうひとつの楽しみは、農作業の最中、こっそり懐に隠し持ってきた瓜や水茄子を冷やして食べることだった。
高位の妖霊憑きのレミは、将来退魔師になるべく、過保護でない程度に大切に育てられてはいたが、同時にいずれ世界各地に派遣されることも想定して、節度と品位をもった生活態度もしつけられていた。
清貧と言えば聞こえはよいが、基本は自給自足、子供といえど農作業や森での採集で生活に必要な物を賄わなければならない。とはいえ、日々の糧に困るほど飢えているわけでもないので、作物のひとつふたつ、子供がおやつ代わりに持ち出すことは、暗黙の了解で、いちいち目くじらを立てる大人もいなかった。
それでも、子供心にこっそり隠れて食べるおやつの味は格別で、冷やした瓜のあまりの美味しさに、こっそりのはずが、冷やしたまま慌てて聖堂に持ち帰り、老ブルフェンに食べさせようとして苦笑させたこともあった。
この日も、朝イチに収穫した柔らかい甘瓜を冷やして食べようと、冷たい水に足をつけた。
「え……?」
水面が赤く染まり、慌てて岸に上がる。
足に傷を負ったのかと足先を診るが、傷はない。
と、たらりと足首に赤い線が伝い、たどっていくとレミは足の付け根に、正確には股の内側に違和感があることに気付いた。
「何これ? なんで、血が……」
『ああ、レミは大人になったんだね』
突然頭に響いてきた声に、レミは周囲を見渡した。
「なに……? 誰……?」
『ようやく会えたね……って言っても、僕はずっとレミを見守っていたんだけどね』
声だけの存在が、今まで「憑いている」と言われながらもレミ自身が感じていなかった妖霊なのだと、悟った。
「妖霊……って、男なの?」
『うーん、あんまり性別って意識してないんだけど、僕はどっちかって言うと、男性的思考かなあ』
ハイバリトンの甘い男声。
「ずっと、見守って、いた……」
『うん。産まれたときから、毎日毎晩、朝も夜も、一緒にいたんだよ』
聞けば聞くほど、うっとりするような、ささやき。
「産まれたとき、から?」
『そう。でも人間は、妖霊憑きでも、ある程度成長しないと、こっちの存在感知してくれないんだよね。獣はあんなに敏感なのに。レミに月経がきて、性の目覚めがきて、ようやく……』
「……な……」
『レミ?』
「そんな男の声で、月経とか性の目覚めとか、言うなーっ!」
『レミ? ……レーミ=ナロン?』
「こういう時に、色々教えてくれるのは! 母親か保健室の養護のセンセイと相場が決まっているでしょうが! よしんば男の担任でも、こっそり女の先生にタッチして、クラスの男子に分からないように配慮しないと! 今時セクハラで訴えられるのよ!」
『ホケンシツ? ヨーゴ? セクハラって?』
「とにかく、今すぐどっかいけーっ!」
声だけの存在に対して、大声で怒鳴り付けたレミ……ではなく。
いわく男性が女の子に決して口にしてはいけないNGワード「性の目覚め」とともに、レミに目覚めたのは。
「あれ? わたし、私は……? なんで? 子供?」
わたしは……?
だれ?
「最後の子供」なんて、御大層な存在になったことを、レミ本人は全く自覚していなかった……カッコ過去形。
5年前、レミが10歳になって半年ばかり過ぎた夏のある日。
コカル諸島の西側を流れる寒流の影響で、夏でも比較的涼しいカロナー島でも、夏の盛りはやっぱり暑い。
この日も朝からうだるような熱気に包まれ、朝早く農作業を済ませたあと、煮炊きに使う薪集めを口実に、森の奥深くにある泉にやってきた。
夏でも冷たい水が湧く泉は、その周囲もひんやりとしてとても涼しい。
森の獣を怖れて、島の人々は近付かないが、妖霊憑きのレミには、獣の方が近付いてこない。
別に敵意を持たれなければ危害を加える気もないが(正直、10歳の頃のレミには、まだ攻撃の仕方など分かっていなかった)、村にいる犬や猫ですら、最初はレミを避ける。
レミが寝起きする聖堂の離れに元々住んでいる年寄り猫たちは、さすがに馴れたのか逃げ出しはしないものの、あまりそばによってこない。子猫はいきなり距離を詰めると大恐慌に陥る。
幼い頃、突然抱き上げようとしたら、毛を逆立てて失神してしまった。びっくりしたレミも「殺してしまった!」とショックで大泣きし、世話役の巫女たちが子猫をレミから引き離したあと、体をさすって意識を取り戻し、レミも何とか落ち着いた。それ以来、よってくるまでは決して触ろうとしないよう言い含められた。件の子猫は無事成長し、今はたまに背中を撫でさせてくれる。
話が逸れたが、とりあえずレミの方から追い詰めない限りは、遠巻きに見守るか、身を隠すかしてくれるので、獣に襲われる心配はない。
逆にレミを狩に連れていくこともできないが(これは、後年やり方を学んで、気配を消して狩にいくことも可能になった)。
そんなわけで、安全に人目を避けて、ひんやりとした泉で暑い昼間をやり過ごしていたレミのもうひとつの楽しみは、農作業の最中、こっそり懐に隠し持ってきた瓜や水茄子を冷やして食べることだった。
高位の妖霊憑きのレミは、将来退魔師になるべく、過保護でない程度に大切に育てられてはいたが、同時にいずれ世界各地に派遣されることも想定して、節度と品位をもった生活態度もしつけられていた。
清貧と言えば聞こえはよいが、基本は自給自足、子供といえど農作業や森での採集で生活に必要な物を賄わなければならない。とはいえ、日々の糧に困るほど飢えているわけでもないので、作物のひとつふたつ、子供がおやつ代わりに持ち出すことは、暗黙の了解で、いちいち目くじらを立てる大人もいなかった。
それでも、子供心にこっそり隠れて食べるおやつの味は格別で、冷やした瓜のあまりの美味しさに、こっそりのはずが、冷やしたまま慌てて聖堂に持ち帰り、老ブルフェンに食べさせようとして苦笑させたこともあった。
この日も、朝イチに収穫した柔らかい甘瓜を冷やして食べようと、冷たい水に足をつけた。
「え……?」
水面が赤く染まり、慌てて岸に上がる。
足に傷を負ったのかと足先を診るが、傷はない。
と、たらりと足首に赤い線が伝い、たどっていくとレミは足の付け根に、正確には股の内側に違和感があることに気付いた。
「何これ? なんで、血が……」
『ああ、レミは大人になったんだね』
突然頭に響いてきた声に、レミは周囲を見渡した。
「なに……? 誰……?」
『ようやく会えたね……って言っても、僕はずっとレミを見守っていたんだけどね』
声だけの存在が、今まで「憑いている」と言われながらもレミ自身が感じていなかった妖霊なのだと、悟った。
「妖霊……って、男なの?」
『うーん、あんまり性別って意識してないんだけど、僕はどっちかって言うと、男性的思考かなあ』
ハイバリトンの甘い男声。
「ずっと、見守って、いた……」
『うん。産まれたときから、毎日毎晩、朝も夜も、一緒にいたんだよ』
聞けば聞くほど、うっとりするような、ささやき。
「産まれたとき、から?」
『そう。でも人間は、妖霊憑きでも、ある程度成長しないと、こっちの存在感知してくれないんだよね。獣はあんなに敏感なのに。レミに月経がきて、性の目覚めがきて、ようやく……』
「……な……」
『レミ?』
「そんな男の声で、月経とか性の目覚めとか、言うなーっ!」
『レミ? ……レーミ=ナロン?』
「こういう時に、色々教えてくれるのは! 母親か保健室の養護のセンセイと相場が決まっているでしょうが! よしんば男の担任でも、こっそり女の先生にタッチして、クラスの男子に分からないように配慮しないと! 今時セクハラで訴えられるのよ!」
『ホケンシツ? ヨーゴ? セクハラって?』
「とにかく、今すぐどっかいけーっ!」
声だけの存在に対して、大声で怒鳴り付けたレミ……ではなく。
いわく男性が女の子に決して口にしてはいけないNGワード「性の目覚め」とともに、レミに目覚めたのは。
「あれ? わたし、私は……? なんで? 子供?」
わたしは……?
だれ?
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