【怖い絵本】猫のお面

るい

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猫のお面

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ここの世界は、みんな猫が大好き。
仕事のストレスも、日々の生活も、孤独も、みんな猫で癒されて解決している。

猫がにゃーんと鳴けば、怒っている人も、泣いている人も、悩んでいる人も、みんな笑顔になる。
猫がごろんと横になれば、みんな揃って横になる。

ほとんどの家が、猫を飼っている。
隣のおうちも、その隣のおうちも、またその隣のおうちも。
大人たちはみんな、猫に依存していった。
つられて、子供たちも。

そのうち、猫のお面が流行った。
本物の猫のようで、無表情の、ちょっぴり怖いお面。
大人も子供も、偉い人もそうじゃない人も、みんな付け始めた。

猫のお面をつけると、世の中は平和になった。
みんな猫が好きだから、猫のお面を付けている人には優しくなった。

「おはよう。可愛い猫だね」

「おたくこそ、いい猫ですね」

町を歩けば、そんな会話がよく聞こえた。
気づけば、みんな猫のお面を付けていた。


でも僕は、猫のお面が嫌いだった。
パパもママも付けていたけれど、僕は付けなかった。
猫のお面を付けると、僕が僕じゃ、無くなっちゃうようで、嫌だった。
せっかくの顔を隠して、せっかくの個性を隠して、お面をつけて生きるのなんて、嫌だ。

パパもママも、僕が猫のお面を付けないことをよく思わなかった。

「あなたもつけなさい。猫のお面を付けると幸せになれるのよ。」

「そうだ。猫のお面をつけると、優しい世界になるんだ。お前も早くつけなさい。」

2人ともそう言っていたけど、僕は絶対に付けなかった。


「君!なんでお面を付けていないんだ!」

「あの子猫のお面を付けていないぞ」

「ママみて、あの子猫のお面付けてないよ」

「本当ね。なんで付けていないのかしら。」


町を歩けば、みんなに指をさされる。
今となっては、お面を付けていない方が珍しいからだ。


猫のお面が流行ると、みんな猫のお面に依存した。
あるサラリーマンは、仕事をサボって、まるで本物の猫のように道端で寝転がり、日向ぼっこしていた。
またある主婦は、魚屋の魚を口で加え、家まで運んでいた。

パパもママも、お面を外さなくなった。
ご飯の時も、お風呂の時も、寝る時も付けている。

学校のみんなも、先生も。
もう、友達の顔はずっと見ていない気がする。

みんな少しずつ狂い始めていた。
それでも僕は付けなかった。


「にゃ~お。」

「にゃおにゃお。」

みんな、猫語で話している。
僕には理解できない言葉だ。

僕が横を通ると、

「シャー!」

と言って、爪と毛を立て威嚇する。
先生も猫語で話すから、授業についていけない。
給食は、遂にキャットフードが出てきた。

「食べないの?」

隣の席の子が、僕に聞く。もう誰かも分からない。

「あげるよ。」

僕がそう言うと、隣の席の子は僕のキャットフードに飛びついて、手を使わずにがっついていた。


なにやら、お面をつけたサラリーマンと野良猫が喧嘩している。
よく見ると、魚の取り合いをしている。
お互いに睨み合い、まるで猫2匹が喧嘩しているようだった。
野良猫が、サラリーマン猫に飛びつく。
でも、その体格差では、野良猫が勝てるわけがなかった。サラリーマン猫は野良猫をつまみ上げ、遠くへ放り投げた。
転がった野良猫はすぐに立ち上がり、魚を捨てて一目散に逃げていった。
サラリーマン猫は、満足そうに魚を平らげた。


人間に飼われていた猫たちは、猫のお面が流行ると、たちまち野良猫になった。
猫の癒しは猫のお面を被れば解決する。
つまり、本物の猫は用済みだ。町には野良猫が溢れた。
野良猫たちは、住処も餌も人間たちに奪われ、居場所をなくした。
僕がたまに餌をやると、辺りの猫たちは一斉に集まってきて、餌を取り合っていた。
でも、いつしか本物の猫を見ることはなくなった。


僕は、孤独になった。
みんな、僕を無視し始めた。
猫のお面を付けていないやつとは、遊ばないって言われた。
夜ご飯も、僕の分はない。どうせキャットフードだから食べられないけど。

僕も居場所をなくした。
もうパパもママもいない。友達もいない。
八百屋さんも、魚屋さんも、警察官も、お医者さんも、みんな猫になっちゃって、この町には誰もいなくなった。

「僕も猫のお面を付ければ、みんなと一緒になれるのかな…」

ついにそう考えてしまった。
でも、どうしても付けられなかった。
僕は、猫が嫌いだから。


「大丈夫、きっと好きになれるよ。」

「あなたもお面をつけて、このお魚を一緒に食べましょう」

町の猫たちは、僕にそう言う。

「怖いことなんてないよ。猫は可愛いから。」

「私たちは幸せなのよ。猫の生活って、とってもいいものなんだもの。」

「さあ、君も猫のお面をつけるんだ。」

みんな、僕に優しく声をかけてくれる。
誰かに優しくされたのは、いつぶりだろうか。

「そうかな…お面をつけたら、猫を好きになれる?」

「ああ。もちろんだよ。さあ、早く!」

僕は、ついに猫のお面を手にした。
みんなが輪になっては僕を囲い、キラキラした瞳を向ける。

「さあ!さあ!さあ!」

みんなの声が、手拍子に合わせて大きくなる。

「さあ!さあ!さあ!」


僕は自分の顔に、そっとお面を被せた。



「うわぁ!こりゃすごいや!」

お面の世界は、とてもキラキラしていた。
真っ青で綺麗な青空と、心地よい日差しに照らされ、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がった。


「さあ、これをお食べ。」

目の前に、まるまる太った美味しそうな魚が。
思わずヨダレを垂らしてしまった。

「いっただっきまーす!」

僕は誰にも止められない速さで魚にかぶりつき、手を使うことも忘れて、ひたすら目の前の幸せを貪り食った。
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